120 降臨!小さな弟子③

「着いたよ。ここが僕の実家だ」

「かんげいしますの、ししょー!」


 兄妹がそろって手を差し向けた建物を、フィオとジョットは唖然と見上げる。

 まず玄関先の門が五重になっている。ひとつで十分だ。数えきれないほどの窓ひとつひとつは、植物を模した彫刻で縁取られている。

 そして壁には等間隔に柱の浮き彫りが並び、格子柄を描いていた。階段状にせり出たひさしを挟んで、二階部分も同じようになっている。窓と柱、庇をケーキのようにくり返し重ね、屋根はやっぱりとんがっていた。

 極めつけは正面扉だ。両開きの木板に、左右向かい合わせににらむフォース・キニゴスが彫られている。いっしょに剣や槍、斧やライフルまでところ狭しと彫り込んであって実に物騒――いやいや。勇壮であった。


「嘘でしょ。ここが家? は? ずっとなんかの遺跡だと思ってたんだけど」

「いやいやいや。絶対そうでしょ、フィオさん。これ入ったら大玉の岩転がってきたり、落とし穴に落ちたり、天井に押し潰されるやつですよ」


 ビビりまくるフィオとジョットの元に、ランティスの妹マドレーヌがとてとてと駆けてくる。その後ろをついてくるフォース・キニゴスの幼体は、相棒のトルペだ。


「ししょー、入らないんですの?」


 こてんと首をかしげた拍子に、マドレーヌの髪が揺れる。少女の毛先は白金から水色に変わるという、珍しい髪色だった。


「こんな遺跡屋敷落ち着かな、ああううん。うん。せっかく誘ってもらって悪いけど、やっぱり街の宿にしようかな」

「そんな! ししょーにはご不自由ないようにおもてなししますですの! だからマドレーヌとトルペに、ケイコをつけて欲しいですのー!」


 相棒といっしょになってトルペもギャウギャウ騒ぐ。フィオは頭を抱えた。

 その話は道中で断ったはずだが、マドレーヌには届いていない。こぼれそうになるため息を堪え、フィオはひざを折って少女と目を合わせた。


「私は今レースに出てて時間をあまり作ってあげられないし、人に教えたこともないから、師匠はできないよ。マドレーヌにはもっといい師匠が見つかるんじゃないかな」

「イヤですの! ししょーはししょーだけですの!」

「うーん。どうして私じゃなきゃ嫌なの?」


 あまりにも頑なな態度を不思議がると、マドレーヌはリュックを下ろした。小竜科ペディ・キャットによく似たドラゴンリュックだ。首のつけ根のボタンを外し、中からノートを取り出す。

 ドラゴンリュックはぺたりとやせ細った。


「これはマドレーヌの宝ものですの!」


 そう言いながらマドレーヌは宝物を勢いよく地面に広げる。服が汚れるのも構わず四つん這いになった。小さな手がしわしわになった黄土色の紙をめくって、フィオは息を呑む。

 そこには新聞の転写絵てんしゃえの切り抜きが貼ってあった。どれもフィオとシャルルを写したものだ。ヒュゼッペレース、エルドラドレース、中には落盤事故の記事、つい先日の竜鰭りゅうぎ科襲撃事件の記事まである。


「マドレーヌのお気に入りはこれですの!」


 見開きいっぱいに貼った記事を指さして、少女は誇らしげに笑う。

 “フィオ・ベネット完全復活! 魅せつけた異次元の弾丸!” 大げさな見出しの文字が踊る、エルドラドレースで優勝した時のものだ。

 ふと肩を叩かれて、フィオは振り向く。片ひざをついたランティスが、切り抜きを見つめたまま耳打ちしてきた。


「マドレーヌは最初、竜騎士になりたがっていた。けど、今はまだ女性にその資格が認められてなくてね……。だからきみだったんだと思う。ドラゴンを駆り、ペナルティショットを決めた竜騎士のような姿に、憧れたんじゃないかな」


 フィオは紙面のしわひとつひとつに指を這わせた。

 足の痛み、残された時間、先を行くライバルたち。実際のフィオは、未来に押し潰されそうでいっぱいいっぱいだ。けれど、こんな自分でも誰かに力を与えられるなら、間違った道も正しかったと信じられる。

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