121 遺跡屋敷①

 その時、ジョットが横からノートを取り上げてしまった。


「なんだ。三ページしかないじゃん。おたく、いつからフィオさんのファンなわけ?」

「春からだけど、なんですの? ノート返してですの!」

「はんっ。にわかだな。俺のスクラップ本は三冊! 家には十冊あるぞ!」

「張り合うな。みっともない」


 荷物から、辞書ですか? と疑うくらいぶ厚い本を三冊引っ張り出したジョットを、フィオはぽかりと殴った。不要なものを持ち歩いて、シャルルに負担をかけていたなんて腹立たしい。

 フィオがノートを取り返してあげると、マドレーヌはそれをぎゅっと抱えてフィオの後ろに隠れた。かと思うと、顔だけ覗かせ舌をベッと出す。


「ししょーの小間使いのくせにえらそーですの」

「小間使いじゃねえ! 俺はフィオさんの大事なナビだ!」


 大事な、をわざわざ強調するジョットからマドレーヌを避難させ、フィオはシャルルに乗せてあげる。目線が高くなって少女はきゃたきゃた喜び、ついてきたトルペは成体ドラゴンの角に目を輝かせた。


「まあ師匠の件はともかく、うちに泊まるのが最善だと思うよ」


 ランティスは、神経質な手つきでスクラップ本の埃を払うジョットを目で示す。


「屋敷の主は我が父にして竜騎士団団長グリフォス・ヒルトップ。そこらの小悪党は近づこうとも思わない、セノーテで一番安全な場所だからね」



 * * *



「いっくしゅ! やべえ。誰か俺のこと噂してんなあ。愛しのピッピちゃんかなあ」

「ぶははは! おめえなんかピッピちゃんは存在も知らね、ぶえっくしょん! あー、まいったな。パピヨン様が俺を恋しがってる」

「おめえこそねえから。あれじゃね、ピュエルお嬢様じゃね?」

「……怒ってんのかなあ」

「……怒ってるかもなあ」


 セノーテ郊外で、ジョットを追うふたり組みがくしゃみをしていたことなど、フィオはもちろんジョットも知る由もなかった。



 * * *



 ヒルトップ家の遺跡屋敷は、奇抜な外観に反して内装は落ち着いていた。床石の上をひんやりとした風が通って心地よく、フィオはスカーフをゆるめて火照る肌を冷ます。

 赤いじゅうたんが道標のように伸びていた。だいだい色の照明はひかえめだが、自然光もよく差し込み明るい。長い廊下には立派な花びんが置かれ、草花が彩りを添えていた。

 裏に広い庭があると聞いて、シャルルはコレリックとトルペといっしょに向かった。妹を片腕に抱いたランティスにうながされ、フィオとジョットは奥の部屋に通される。


「お父さま!」


 そこは執務室のようだった。天井まで届きそうな高い本棚が並び、二頭のフォース・キニゴスが刻まれた机がある。そこに座る男性に向かって、マドレーヌは無邪気に走り出した。


「マドレーヌ、おかえり。無茶な飛び方はしてないか?」


 ちょっと気まずそうにうつむいたマドレーヌを、男性は目元をやわらげてやさしくなでた。

 白金の髪は下半分を刈り上げ、上は長く伸ばしてひとつに結んでいる。青を基調とした竜騎士団の制服に身を包み、肩には黒い羽織りをかけていた。

 幼い娘から目を上げた男性は、ランティスに気づいて小さく驚く。それまで書き物をしていた書類をまとめ、ひかえていた執事に渡し下がらせた。

 立ち上がる男性に合わせてランティスも歩み寄り、ふたりは抱擁ほうようを交わす。


「よく帰った、ランティス。エルドラドでは三位だったそうだな。おめでとう」

「ありがとうございます、父上。いとまを出して頂いたこと、感謝しています。今日はお客様をお招きいたしました。父上もきっと驚かれますよ。エルドラドで優勝した方々です」


 そう言ってランティスはフィオとジョットを紹介した。

 竜騎士団は国境に関係なく、世界中のドラゴンに関する事件を取り締まる組織だ。それをまとめる団長ともなれば、各国の国王や議長に匹敵する要人。フィオは緊張して握手する手に汗がにじむ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る