122 遺跡屋敷②

 不快を与えないようすぐ離れようとした。ところが、団長は力をゆるめない。フィオの顔を瞬きも忘れ見つめている。その表情は、帰ってきた息子を見た時よりも驚いているようだった。


「あの?」

「……あ、ああ。申し訳ない。新聞で見るよりも可憐なお嬢さんだったので、つい見入ってしまった」


 それは方便だと思ったが、聞き返す間もなく団長はジョットへと視線を移してしまった。


「フィオさん、ウォーレスくん。改めて紹介するよ。僕の父、グリフォス・ヒルトップです」

「息子がお世話になっております。レースに関してはまだまだひよっこの息子に、どうぞこれからもご鞭撻べんたつしてやってください」

「お父さま! フィオさまはマドレーヌのししょーでもあるんですの!」


 竜騎士団団長に頭を下げられるだけでも大事件だというのに、マドレーヌはついでとばかりに父公認の師匠にしようとしてくる。これにはあたふたするしかないフィオを見越してのことなら、とんだ小悪魔だ。


「えっと、それはまだ保留中の件でして……」


 コンッ、コンッ。

 そこへノック音が響く。扉を叩いた主は、グリフォスが返事をする前に入ってきた。現れた青いドレスの麗人に、マドレーヌは勢いよく飛びつく。


「お母さま!」

「まあ。執事さんからマドレーヌがランティスを連れ帰ってきたと聞いたけれど、本当だったのね」


 女性はマドレーヌを抱き上げ、ランティスに歩み寄る。グリフォスよりも深い青の目が、慈しみを湛えて微笑んだ。


「おかえりなさい、ランティス。元気な姿を見れてうれしいわ」

「母上もお変わりなく、安心しました」


 息子と抱き合う女性を呼び寄せて、グリフォスはフィオとジョットを紹介する。


「これは妻のリリアーヌだ。ちょうどいい。お前、フィオさんとジョットくんを部屋に案内してあげなさい」

「ええ、わかりました。どうぞ、こちらへ」


 リリアーヌはドレスをさらさら奏でながら、客人をうながす。

 水色の長い髪をみつあみにして、ひとつにまとめた上品な夫人だった。マドレーヌの髪が水色混じりなのは、きっと母親ゆずりなのだろう。

 玄関広間の両脇には階段があり、リリアーヌは右手を上っていく。二階に着くとまずソファセットが目に入り、円形の談話広間となっていた。

 細く開いた窓から、庭にいるドラゴンたちの声が聞こえてくる。


「ドラゴンは、食堂と夫の執務室以外なら自由に出入りして構いませんよ。お食事とお風呂は、メイドに言って頂ければいつでも用意できますからね」


 説明を挟みつつ、リリアーヌは東側のふたつの客間にフィオとジョットを通した。階段を挟んで西側に夫妻とマドレーヌの部屋があり、ランティスはそちらに泊まるという。

 夫人に礼を言い、荷解きのためにランティスともいったん別れ、フィオとジョットは客室に下がった。海上宿船〈バレイアファミリア〉が誇る特等個室にも劣らない室内を見回し、フィオはため息が出る。


「住む世界が違うって感じだねえ」

「フィオさんはこういうのが好きですか。船でも結構はしゃいでましたけど」


 シャルルから荷物を受け取るため、ついてきたジョットがつぶやく。見ると、なんだかふてくされたような顔をしていた。


「うーん。最初は最高って思ったけど、結局使いきれないし、掃除も大変そうだよね。やっぱり私は故郷の風車小屋くらいが落ち着くかな」

「お、俺も風車小屋好きです! 歯車の音が癖になって。それにはじめて野宿したのも楽しかったです。星空がきれいで、シャルルの腹枕があたたかくて」


 いそいそと隣に来たジョットの目には、純朴な輝きがあった。

 この子とふたり、竜舎で夜を明かしたり、草原に寝転んだりしていた日々が懐かしく、ずいぶん遠くまで来た気がする。

 けれど互いに、どこまで行っても根っこの性質は変わらない。それがひどく心地いい。


「私も」


 にこりと笑って、フィオはバルコニーに繋がる大窓を開けた。そこからは広い庭が一望できる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る