123 遺跡屋敷③
どこからか水を引いているのか、庭は一面青々とした芝生に覆われていた。無邪気に追いかけっこするシャルルとコレリック、トルペのかたわらには、白と灰色のまだら模様が特徴的な木々が行儀よく植わっている。
壁沿いには砂地があり、ルーメン古国固有の多肉植物やチランジアがツンツンと葉を伸ばしていた。
「シャルル! 待たせてごめんね。荷物下ろそう!」
背中に荷物をくっつけたままのシャルルが、ぴくりと反応して立ち止まる。その後ろ、木々の枝葉の向こうに、フィオは庭には到底あり得ないものを見た。
「待って。なんか向こうにも遺跡ありません?」
同じように窓から顔を出したジョットも、ぎょっと目を剥く。
「あれはかいだん井戸ですの!」
と、フィオとジョットの間から三人目の声がして、ふたりは思わず飛びのいた。マドレーヌがいたずらっぽく笑っている。母リリアーヌに抱かれていっしょに行ったと思っていたが、戻ってきたようだ。
「カイダン? いわくつきの井戸なのか?」
「そっちじゃなくて、上り下りするほうの階段だよ、ジョットくん。まさか個人の家にそれがあるとは思ってなかったけど」
「ししょー、びっくりしたですの? 見たいならマドレーヌがあんないしますの!」
マドレーヌはフィオの手を取ってぴょんぴょん跳ね、もう行く気満々だ。そこへシャルルが来て、バルコニーの柵にとまる。
荷解きもしたいし、痛む足も休めたい。しかし階段井戸は、次のルーメンレースに関係のあるものだ。
迷ったが、フィオの心はレースへ傾いた。シャルルから荷下ろしだけ済ませ、代わりにフィオとジョットとマドレーヌが乗り込む。
ゆっくり飛ぶだけなら悪化しないでしょ。
そんな言い訳を唱えながら、空へ舞い上がった。
「すごい、壁一面に……。あの模様に見えるのって階段ですよね?」
ジョットが感嘆の声をもらす。上空から見た遺跡は、ひとことで言うなら巨大な穴だった。
その穴の壁に施された一面の幾何学模様が目を奪う。小さな階段が規則的に交差して、三角形やひし形を描いていた。さらに壁全体もゆるやかな段になっていて、穴の口は徐々にすぼまっていく。
底は暗くてよく見えないが、光を反射するものがある。水が溜まっているらしい。この井戸のお陰で、庭の草木は瑞々しく茂っているのだろう。
そして遺跡は、屋敷と対面する壁側だけ様相が違っていた。箱型の部屋、アーチ状の窓、細い柱が連なる廊下が見える。明らかになんらかの施設だった。
「神殿? それとも昔の王の城?」
「お父さまは神さまのおうちだと、おっしゃいましたの。今からずっと、ずーっと昔のものだそうですの」
マドレーヌに相づちを打っていたフィオはふと、神殿の下方へ目が吸い寄せられた。風がざわめき、髪が前へふわりと持ち上がる。
そこはぽっかりと空洞があいていた。入り口だろうか。ドラゴンに跨がってギリギリ通れるくらいの暗闇へ、葉が吸い込まれていく。
フィオはにわかに、呼ばれているような不気味な悪寒を感じ、シャルルの高度を上げた。
「そんなに古いものだと、ここで練習はさせてもらえないかな」
逃げるように意識をレースへ切り替える。
「え、練習って。まさかレースはこれがコースなんですか!?」
「そうだよ、ジョットくん。セノーテにはこういう階段井戸が大小いくつもあってね。そのうちの一ヶ所が必ずコースに含まれるの」
「いや、絶対ぶつかって壊しますよこんなの! ガチガチに補強された坑道とは違いますもん!」
「まあね。狭いところはぶつかる前提で
にやりと笑いかけると、ジョットは胸を押さえて天を仰いだ。緊張してるのかな? と頬をつんつんすると、今度は鼻を押さえてプルプル震えはじめる。
「俺鼻血出そうです」
「そうかあの井戸に突き落として頭冷やしてやろう」
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