124 シッポ草摘み①

「ごめんなさい! 本気だけど冗談です! だってフィオさんが悪魔的にかわいいのがいけないんです!」

「まったく。せっかく今日はシャルルと三人で芝生で寝てもいいかもって思ってたのに」

「えええっ!? 寝る寝る寝るねる! 寝ます! 絶対いっしょに寝ます!」

「お外で寝るのお!? マドレーヌも寝るですの!」


 前に抱えていたマドレーヌが、お菓子を見つけたような顔で振り返った。そこからは前からも後ろからも「いっしょに寝る」の嵐。フィオは観念してがっくりとうなずいた。

 結局、マドレーヌとは夕飯もお風呂もいっしょに済ませた。庭で合流したジョットと三人で、シャルルの腹を枕に寝転ぶ。気づけばトルペもコレリックも、ヒルトップ夫妻の相棒だろう翼竜科二頭まで寄ってきて、団子状態だ。

 五頭のドラゴンのいびきは、風車の歯車音なんてかわいいものだと思うくらいひどい。けれど夏の星空は美しく、その中心でロードスターはキラキラと輝いていた。




「ししょー! 今日もケイコおねがいしますですの!」


 ブラシを持ってトルペを連れたマドレーヌが、とてとてと駆けてくる。少女が夕方まで練習が終わるのを健気に待っていると知っているフィオは、疲れた顔につい笑みを浮かべた。

 セノーテに到着して一週間。フィオとジョットはヒルトップ家の遺跡屋敷を拠点に練習していた。というのも、庭の階段井戸を含めて飛行許可がグリフォスから下りたためだ。

 エルドラドレース優勝者の実力を信じてのことだった。

 この機を逃す手はない。なにせ街中の階段井戸は、保全のため普段は飛行禁止区域だ。この特別待遇は、ライバルに差をつけるまたとない幸運だった。

 フィオは汗を拭いつつ、マドレーヌの持つブラシを見てうなる。


「トルペが小さいからって、毎回ブラッシング講座もねえ。かと言って飛行訓練はまだ二ヶ月くらい早いだろうし」


 これだけ世話になってなにも返さないわけにもいかず、フィオはマドレーヌの師匠まがいを請け負っている。

 聞けばトルペは生後八ヶ月だそうだ。ドラゴンが成体になるまで種類や個体差はあるが、だいたい二十四ヶ月かかる。トルペが人間を乗せて飛ぶにはまだ早いと、フィオは判断していた。


「あ。じゃあシッポ草取りに行こうか!」

「しっぽそう、ですの?」

「うん。鎮静香、じゃなくて。ドラゴンが心地よくなる香りを作る材料だよ」

「それはシロガネ草のことですの!」


 マドレーヌに指摘されて、フィオはハタと思い出した。シッポ草は海を渡ると呼び名が変わる。ルーメン古国や、その北西に位置するベルフォーレ特保とくほ国では、花穂の色に注目してシロガネ草と呼ばれていた。


「そう、シロガネ草だね。マドレーヌはそれでお香を作ったことある?」


 首を横に振るマドレーヌを見て、フィオは手を打った。


「じゃあ決まり! ドラゴンに有効な植物を知るのも、立派なレースライダーの必須条件だよ。今日はお香を作ろう!」

「はい、ししょー!」


 おー! とふたりそろって拳を突き上げる。すると後ろから大きなため息が聞こえてきた。

 ジョットだ。記憶石の立体地図をいじる背中には「どうしたのって聞いてください」と書いてある。フィオは苦笑しながら声をかけた。


「ジョットくんもいっしょに行く?」


 彼の手がぴくりと止まる。


「そりゃ行きますけど、俺はすねてるんですよ」

「どうして?」

「だって本来なら、ライダーのあれこれをフィオさんから教わってる弟子は俺でしょ。あなたが約束破ってなければ」


 まだ根に持っていたか。フィオは思わず目を覆う。

 確かに順調に再会していれば、ジョットにドラゴン知識を一から教えていたのはフィオだったかもしれない。しかしそれには、もうひとつ問題がある。


「約束破ったのはごめんて。でもさ、ほら、ジョットくんにはまだ相棒ドラゴンがいないじゃん……?」

「ぐっ」

「え。ジョットにはドラゴンがいないんですの? そんなにお兄ちゃんなのに?」

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