125 シッポ草摘み②

 悪気はないマドレーヌの言葉がとどめだった。ジョットは立体地図の中に頭をめり込ませる。肩を震わせ、芝生を勢いよく叩きつけた。


「くそ! 俺もフィオさんとドラゴンでイチャイチャしたかったあああ!」

「動機が不純過ぎるわ!」


 とはいえ、ジョットがすねる気持ちもわかる。春先から各地を飛び回り、種々様々なドラゴンと会っているが、彼の相棒は未だ現れない。年下のマドレーヌが相棒を連れ歩いている姿を見て、心おだやかでいられるはずもなかった。

 フィオは努めて明るく振る舞う。


「焦ることはないよ。ジョットくんが旅に出たがってたのは、相棒ドラゴンに惹かれてる証拠だよ。きっと出会えるって」

「その『惹かれる』って感覚がよくわかんないんですけど。確信が持てるんですか? “そいつ”と出会った時」


 どうだったかな。フィオはシャルルを見て、当時を振り返った。

 はじめて会った時、シャルルはまだ卵だった。ただの丸い物体をどうして持ち帰ろうと思ったのか、自分でも思い出せない。シャルルに問いかけてみても、当然ながら首をかしげられた。


「目がはなせなくなるんですの!」


 そこへ声を上げたのはマドレーヌだ。ジョットの前に走り寄って、ついてきたトルペをずいと突き出してみせる。


「最初はわかりませんでしたの。だからなんとも思わないけど、気づいたらトルペのことばかり考えていて、ずっと見ていたくて。ある日急にわかるんですの。この子が欲しくてたまらないんだって!」

「ずっと見ていたい……目が離せなくなる……」

「そうですの! わからなくても、わかるものですの」


 マドレーヌは大きくうなずいて、小さな手でジョットの胸に触れた。


「『人とドラゴンは魂で繋がっている』。お父さまがそうおしえてくれましたの。人の目や耳はよくごまかされるけど、タマシイはぜったいごまかされない。ジョットのドラゴンはきっと、すごくお寝ぼうさんなだけですの!」

「そう、かもな。ありがとう、マドレーヌ」


 少女の手を取って、ジョットはマドレーヌの頭をなでた。

 ふたりを微笑ましく見ていたフィオは、ふと気づく。マドレーヌが触れた時、ジョットは平然としていた。気にしていられない状況下を除いては、四六時中いっしょにいるフィオに対しても、身構える素振りを見せる。

 ましてや自分から女性に触るなんて、フィオ以外にしたことがない。

 わだかまりを感じた胸に、フィオは知らず知らず手をあてた。




「いやあ、ランティスも来れなくて残念でしたねえ」

「全然残念がってないでしょ、ジョットくん。リリアーヌさんに伝言頼んだから、きっとあとから来るよ」


 マドレーヌの外出許可をもらうついでに、防犯も兼ねてランティスも誘おうとしたが、まだ帰ってきていなかった。彼はドラゴン暴走事件の情報収集もしたいと言って、竜騎士団本部を練習地にしている。


「ランティスお兄さまはうるさいから来なくてもいいですの」


 シャルルの少し上を飛ぶトルペから、マドレーヌの不満が落ちてくる。「おむかえに行った時も、あとでおこられたですの」と頬をふくらませていた。

 トルペに少しでも人を乗せて飛ぶ経験を積ませようと騎乗を許したが、フィオだってヒヤヒヤだ。気流のおだやかな低空を選び、なにかあったらすぐ対処できる位置についても、気が気でない。

 ランティスの心中は容易に察しがつく。


「ランティスお兄さまじゃなくて、ししょーがお姉さまだったらよかったのに」


 顧みることなく、兄を兄と思わないマドレーヌの姿が、自分と重なる。


「……そう言わないであげて。お兄さんは、あなたを心配してるだけだよ」


 海を渡ってまさか、兄の気持ちを味わわせられるなんて思ってもいなかった。


「このへんで下りるよー」


 セノーテの街を越え、石階段に沿って赤岩の斜面を下り、街道に出たところでフィオは号令をかけた。

 空がオレンジ色に染まる夕暮れ時。街道周辺は、帰路に着いた商人や観光客がドラゴンとともにゆったり歩いたり、飛び交ったりしている。

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