126 シッポ草摘み③

 何百段もの石階段を前に、途方に暮れる観光客を呼び込む運び屋の声が、シロガネ草をなでる風に乗って響いていた。

 階段前には竜騎士もいる。これだけ人目があれば安全だろう。一応周囲を確認してから、フィオは腰のポーチから折り畳みナイフを取り出した。


「ジョットくんも見ててね。シロガネ草の葉っぱは切れやすいから注意して。鎮静香に使うのは花穂だけだから、ふわふわの下をナイフで切るの」


 手でも切れなくはないけどね、と言いつつ、フィオは実際にやってみせる。花穂はキツネのしっぽくらい太くて長く、少しゴワゴワとした手触りだ。


「わたあめみたい!」


 取った花穂を持たせてもらったマドレーヌは、目を輝かせて喜ぶ。しきりに鼻を動かしているトルペにも見せてやると、のどを心地よさそうに鳴らした。


「これをよく乾燥させて砕くと、鎮静香になるんだよ」

「生のままじゃダメなんですか? トルペ、気持ちよさそうですけど」


 ジョットの質問にフィオはうなずき返した。


「生だと強過ぎて酩酊めいてい状態になっちゃうの。焼いた時の煙はもっと強力。ドラゴンは嫌がって近づかないよ」

「使い方でそんな変わるんですか! おもしろいな」

「ししょー! 取ってくださいですの!」


 花穂に向かって両手を伸ばし、ぴょんぴょん跳ねるマドレーヌをフィオはくすりと笑う。シロガネ草は背が高くて、少女の身長は半分ほどしか届いていなかった。

 茎を手繰り寄せてやり、ナイフの持ち方を教えて渡す。おそるおそるという様子だったが、マドレーヌは見事切り落とすことができた。

 花穂を掲げた誇らしげな顔が、フィオに褒められてうれしそうに弾ける。


「もっと取るですの! トルペ!」


 相棒といっしょに、マドレーヌは手当たり次第花穂を摘みにかかった。


「あ。ジョットくん、ちょっとちょっと。いいものが生えてる」


 近くに多肉植物が自生しているのを見つけて、フィオはジョットを手招いた。その植物は葉っぱがまるで果実のようにふくらんでいて、夕陽をてらりと跳ね返している。


「なんですか?」

「これ、グミ草って言うんだ。こっちだとまた呼び名違うかもだけど。これはね、こうやって使うんだよ」


 ぷっくりした葉っぱをひとつ摘まんで、ゆっくりと指に力を込める。すると緑の表皮が弾けて、中から半透明の果肉が出てきた。

 フィオはジョットの手を取ろうとして思い留まり、「いいかな?」と断りを入れる。彼がうなずくのを見てから手をすくい上げ、甲に果肉を塗った。


「グミ草の果肉には治癒効果があるんだ。人にもドラゴンにも効くよ。もしジョットくんの相棒が怪我したら、塗ってあげてね。おやつにもなるよ」


 手の甲をなでていた指を、フィオはぱくりと口に含んだ。とたん、ジョットは耳まで赤くなって顔を背ける。けれどフィオに握られた手はそのまま、かすかに震えてじっと耐えていた。

 今さら、ジョットがフィオを慕ってくれる思いを疑いはしない。だけど彼は、心のどこかでずっと無理をしていたんじゃないかと不安が過る。


「……私が言うのはずるいけどさ、ちょっと後悔してる」


 自嘲的に笑って、手を放した。


「ジョットくんとの約束、守る勇気があればよかったのにな、って」


 そうしたら今頃、彼にとって私の手も身構えるものではなくなっていたかもしれない。

 その時、手放したはずのぬくもりがフィオを包み込んだ。


「今からでもやり直せるじゃないですか。というか、もうやり直してます。この旅で」


 自惚れていいのかな。

 迷いながらも、フィオは指をジョットに絡める。彼の手はびくりと震えたけれど、おずおずと握り返してくれた。

 手を差し伸べてもらえるのも、怯えても逃げ出しはしないのも、私だからだと。


「ぎゅる?」


 突然、目の前の草原が揺れ、トルペが頭を突き出した。フィオとジョットは声にならない悲鳴を上げ、サッと手を放す。


「こ、こここれは違うからな! 手なんか繋いでないから!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る