127 零れる無垢の血①

「そ、そう! グミ草を塗ってただけ! マドレーヌも変な勘違いしないでね!」


 ジョットにつられてフィオもいらない弁明をしてしまう。小さな子もいるのになにをやっているのか! フィオは脳内で自分を殴りつけた。

 ところが、いつまで経ってもマドレーヌが草むらから出てこない。トルペはしきりににおいをかぎながら、その場をぐるぐる回っていた。物悲しげな声で誰かを呼んでいる。

 まさか。

 フィオの胸に冷たいものが駆け抜けた時、ジョットが叫んだ。


「戸惑いと焦り……!? マドレーヌとはぐれたのか!」

「どこで!? 場所を聞き出せる!?」


 言いながらフィオはシャルルの元へ向かおうとした。しかし練習後の足はすでに痛みを発し、鋭く阻んでくる。察した相棒のほうから駆け寄ってきた。


「くっ。ダメです。トルペのやつ混乱してて、うまく交信できません!」

「わかった。ジョットくんは地上から周辺を捜して。トルペが落ち着けばマドレーヌの位置もわかる。私は空から見る!」


 歯を食い縛りながら、フィオはシャルルに這い上がる。交信が期待できるジョットとトルペを組ませ、風とともに舞い上がった。

 すぐに花穂の草原へ目を凝らす。だがマドレーヌの身長は、簡単にシロガネ草に埋もれてしまう高さだ。緑と白ばかりの景色に焦りが募る。

 迷って遠くへ行った? 転んで怪我をしている?

 と、その時、フィオは草葉の影になにか見た気がして、身を乗り出した。


「シャルル、二時の方向! もっと寄って!」


 指示通りシャルルが向きを変えた瞬間、強風が伸しかかる。弾かれるようにシャルルが身をひるがえしたせつな、フィオは逆光を背負ったドラゴンの影を見た。


「あ……っ!?」


 直撃は免れたものの、翼が衝突してシャルルは姿勢を崩す。衝撃でフィオは振り落とされそうになり、ハンドルにぶら下がって耐えた。


「バレたぞ! ずらかれえ!」


 ぶつかってきた男が叫ぶ。双頭の翼竜科ゲミニ・カブトに跨がっていた。男につづいてもう一頭ゲミニ・カブトがおり、フィオが先ほど気になったほうへ下りていく。

 草むらから男がひとり立ち上がった。フィオは目を剥く。男の腕に白金の髪の少女が捕まっている。


「マドレーヌッ!」


 マドレーヌは必死にもがき抵抗しているが、口を塞がれて声も出せない。

 フィオは腕の力で体を持ち上げ、息を止めてひと思いに足を振り上げた。神経を針で貫かれるような痛みが走り、筋肉がヒクヒクと恐れ戦く。

 痛みも恐怖もうなり声で振り払い、フィオはシャルルを駆った。

 人身商人か、身代金目当ての誘拐犯か。やつらの目的など知ったことではない。フィオに向かって細く白い手を伸ばす弟子の元へ、矢のように飛んでいく。


「チッ! 引っ込んでろクソ女あっ!」


 仲間の援護に、ぶつかってきた男が入ってきた。旋回して前に立ち塞がる。フィオは一切速度をゆるめず、即座にシャルルと交信する。

 シャルルは頭をわずかに左へ向けた。男も反応し、視線がそちらへ動く。しかしシャルルは寸前で右へ切り返し、翼をグンッと振って相手を抜き去った。


「んなっ!?」


 男のまぬけな声が風に混じる。

 しかしフィオが捉えるのはただ一点。今にも飛び立とうする男に抱えられたマドレーヌだけだ。


「ししょー!」


 ようやく男の手が外れてマドレーヌが叫ぶ。飛び立ったばかりの風に乗りきれていない相手に追いつくことなど、シャルルには造作もなかった。マドレーヌを避けて、シャルルはゲミニ・カブトの下肢に飛びかかる。

 そのまま地面に押さえつけようとするシャルルと、流されまいとするゲミニ・カブトの翼が激しくぶつかり、拮抗する。


「うざってえな! 放せ!」


 男が振りかざしたのは、フィオの折り畳みナイフだった。光沢放つ凶刃がシャルルに襲いかかるよりも早く、フィオはポーチにあった鎮静香を投げつける。それは男の顔に命中し、粉塵ふんじんが弾けた。


「ぐあ!? ああっ、目が……!」

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