113 金色の瞳
すぐさま浮上しようと顔を上げる。だが、視界の端でなにか動くものを見た気がして、フィオは目を凝らした。
しかし今は夜。船の照明がおぼろげに届くだけで、足元には底知れぬ暗闇が広がるばかりだ。
気のせい?
そう思い直した時、ジョットがびくりと震える。彼は海底を指さした。
なに。
フィオも下を覗く。光も通さない濃い影の中で、やはりなにかが動く。いや、動いているのは影そのものだった。見渡す限りどこまでも広がっているそれが、水流を生み出しながら徐々に〈バレイアファミリア〉を取り囲もうとしている。
フィオはつばを呑んだ。影が波打ったのだ。
すると宝石のようにキラキラ輝く青が広がり、影の正体が顕になる。それは十本の木を束にしたものよりも太く、この果てしない海を埋め尽くすほどに長い。
生物とは考えられない巨大さだ。知らず知らず手足がすくむフィオの前で、赤い玉がふたつ浮かび上がる。その両脇には四枚のひれが生えていた。
「クウー、クウワ、クウワ」
声か音か。かん高く歌うようにそれが発する。フィオにはこちらの正体を探っているように感じられた。
やはり生物なのか。ひれを持ち海に棲み、すべてを圧倒する巨体は、竜鰭科のロワ種と見て間違いない。
まずい。こんなのに襲われたら船はひと溜まりもない!
フィオは焦った。もう息も限界だ。とにかく海面へ出ようとジョットを見る。そこで信じられないものを目にした。
ジョットの瞳がほのかに光っていたのだ。まるで月のようにやさしく、しかし光彩のひと筋ひと筋がはっきりと見て取れる鮮やかな光だった。
その中で黒く浮かぶ瞳孔が細くなっている。
頬を掴み、振り向かせようとしたが、ジョットは応じなかった。まるで心奪われたかのように、竜鰭科ロワ種を見つめる姿に怖くなる。
フィオは思わず細い首に抱きつく。とたん、誰かの声が聞こえてきた。
『俺たちは関係ない。失せろ。わけわかんねえ恨みごとに、この人を巻き込むな。ただじゃおかねえぞ』
ジョットの声だ。頭に直接響いてくる。
でもなんで? どうして。
混乱と不安に襲われ、フィオはついに息がつづかなくなった。口から泡を吐き出しながら、せめてジョットを道連れにしないよう手を放す。
意識が遠のく間際、頭上からシャルルの鳴き声が聞こえたような気がした。
「ありました。青い模様のギザギザのひれが、浜で見つかった記事です。襲ってきたドラゴンの一頭は、ブレ・プテリギオでしょう」
「なるほど。触手が生えているドラゴンについての記述はいかがですか?」
「この研究書にはなさそうです。ですが以前、竜騎士団の詰所でそのような目撃情報の報告書を読んだことがあります。確か……ドラゴン学者がその特徴からフロル・バレリアと名づけた、と」
「はあ。そんな優雅な響きのドラゴンではありませんでしたがな。その学者はおそらく、ピンクに光るカサの部分しか知らないんでしょう」
静かに笑い合う声に誘われて、フィオの意識はゆっくりと浮上した。ひとりはランティスの声だ。もうひとり、話し相手の声には心当たりがない。
そんなことをぼんやり考えながら、目を開ける。白い天井と消毒液の独特なにおい。ここは医務室か。
「なんで、寝て……。わたし、なにしてたっけ」
ぼやける目をこすろうとすると、手が誰かに掴まれた。
「フィオさん! よかった! 目が覚めたんですね!」
「ジョット、くん」
ぱちくりと瞬いて、覗き込んでくるジョットに焦点を合わせる。泣き出しそうな笑顔がはっきりと見えた瞬間、フィオは
ベッドから跳ね起きて、ジョットの頬を挟む。金の目は普段通りの彩度で、瞳孔は丸く戻っていた。
「フィオさん? そんなに見つめられると、照れちゃいますよお」
フィオの手の下で、でへへと頬がにやつく。なにもかも通常運転だ。
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