114 追放された大蛇①

 全身から力が抜けて、フィオはジョットにもたれかかった。彼の肩がびくりと震える。そういえば触られるのが苦手だったと気づいたが、満足できずに細い体を掻き抱いた。


「ふあ!? ま、待ってください。すごくやわらかくて気持ちいものが、あ、あ、当たって……!」

「ダメ。心配したんだから。引きずり込まれるあなたを見た時、とても怖かった。それに水中で、目が……」

「目? が、どうしたんです?」


 不思議そうに聞き返され、フィオはとっさに首を横に振った。

 自覚がないなら、知らないままでいい。あの状態のジョットはとても遠く感じた。知れば今の関係が終わってしまう予感がする。フィオはすがるようにジョットの肩に顔を埋めた。


「んふふっ。よくわかんないけど、今のフィオさんは甘えたの気分なんですね。部屋に戻って、俺が添い寝してあげましょうか」

「目覚めたら事情聴取だって聞いてただろ、バカ」


 そこへキースとヴィオラが医務室に入ってくる。後ろには手帳とペンを持ったホテル支配人の姿もあった。

 キースの顔を見たとたん、フィオは頭が冷めた。ジョットからパッと離れ、改めて室内を見回す。

 隣のベッドにはランティスが腰かけていて「無事でよかった」と笑った。彼の横に佇む帽子をかぶった男性は船長だろう。軽く帽子を持ち上げて会釈された。


「ちえっ。いいところだったのに」


 そう言って唇を尖らせるジョットを、フィオはとりあえずぽかりと殴った。


「すみません。先ほどランティスさんたちが話されているのを聞いてしまったのですが。あの場にはもう一頭、竜鰭科が来ていました。海中に潜んでいたんです」


 気を取り直して、フィオは切り出す。支配人が「ああ」とうなずいた。


「巨大なヘビのようなドラゴンのことですね。ウォーレス様から伺っております」

「はい。みなさんはヨルムガンドの神話をご存知ですか?」

「大地に取りつく毒ヘビを、神が海へ追放した話ですな」

「その通りです、船長。追放された毒ヘビは、海に合わせるかのように大きくなり、ついに世界を覆うまでになりました。あのドラゴンは、それほどまでに巨大です。竜鰭科のロワ種であることは間違いないかと」

「さしあたって、ロワ・ヨルムガンドと呼ぶべきかな。巨大さも危険性もよくわかっていいね」


 ランティスの言葉を受けて、支配人は手帳にサッと記録した。


「そいつが暴走して、手下を仕向けた? それとも全部が狂ってたのか?」

「そこが僕も引っかかっているんだ」


 キースの疑問にうなりつつ、ランティスは足を組んで考え込む。


「僕も最初は今流行りの暴走だと思った。けれど彼らは見事に、子どもだけを狙ったんだ。弱者を狙うのは狩りの定石だから、理性が飛んでても本能でそうしたのかもしれない。でもそこに、なにか意味があるような気がして……」

「フィオとジョットくんはどう感じたの? 実際対面したのよね。そのロワ・ヨルムガンドと」


 ヴィオラから話の矛先を向けられて、フィオは竜鰭科ドラゴンの姿を振り返る。

 ドラゴンが暴走状態になった時、瞳孔が針のように細くなることが特徴だ。しかし竜鰭科においては、目がどこについているかわからない。そもそもあるのかも不明だ。

 ロワ・ヨルムガンドには目らしき赤い玉がふたつ確認できたが、瞳孔まで気にしている余裕はなかった。


「わからない。息苦しくてそれどころじゃなかったから」


 それどころじゃなかった理由は他にもある。フィオはちらりとジョットを見た。


「あー。俺も必死で、気づいたらシャルルに助けてもらってたんですけど。ロワ・ヨルムガンドが、なんか怒ってるっぽいのは感じました」

「そうだね。フィオさんもウォーレスくんも、疲れているところ申し訳ない。でも記憶が鮮明のうちに記録できるとありがたいんだ。もう少しがんばって、支配人に見たことを話してくれるかい?」


 そのほうが明日到着する竜騎士団からの聞き取りも早く済む、とランティスはつづけた。

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