149 繋がる心

 しかしナビに見えているのは、発信石の印だけだ。底への進入角度、壁を蹴った位置、飛び出し方から、ライダーの向きを正確に割り出さなければならない。


「ランティスさん、指示を!」


 垂直に上昇する復路は、井戸の深さ六十メートルと同じ。地上までドラゴンは、およそ二秒で駆ける。


進路レーン、あー……九時ナイン、いや違う』

「ランティスさん!」


 あと一秒。


シックスか? 待て。やっぱりナインだ』

九時ナインでいいんですね!?」

進路レーン六時方向シックストゥ上昇アップ!』


 外光のまばゆさに目がくらむ寸前、力強い指示が耳をつんざいた。フィオは考えるよりも早く、シャルルの体をひねらせる。

 レイラ・ヴァヴから北西、丘の上のヒルトップ家を迂回してコズモエンデバレーへ向かう、正規の軌道に乗って飛び出した。


「やればできるじゃないですか!」

『……それは嫌みかい。僕が最終的に言った指示とは、違うほうを選んだのに』

「え……」


 そんなはずはない。最後の指示は確かに『六時シックス』と言っていた。

 いや待て。さっきの声は、ランティスよりも高くなかったか?

 別の人物。その可能性が過ったとたん、体をグイッと引かれる感覚がしてフィオは振り向く。眼下に広がる街並みを通り過ぎて、フィオの目はなぜか、ヒルトップ家の遺跡屋敷へまっすぐ吸い寄せられた。


「わかる……」


 とんがり屋根のてっぺん。まるで遠く離れたシャルルの位置がわかるように、彼がそこにいると感じる。

 怒りと悔しさと不満に染まっていた目が、優越感を帯びて金色に輝く様まで、心が鮮やかに見える。


「ジョットくん……」

『ほらね。フィオさんのナビは、俺じゃなきゃ務まらないんですよ』


 フィオは思わず耳に手をやった。ジョットの声はイヤリング型伝心石から聞こえるのかと疑う。


『フィオさん? ウォーレスくんがどうかしたかい?』


 しかしランティスの声とは聞こえ方がまるで違った。伝心石は周囲の歓声や物音も拾って、雑音が多く、ランティスの声もやすりのように粗い。

 しかしジョットの声は、耳元でささやくなんて次元を超えている。フィオの内側から響いてくるのだ。

 同じだ。ロワ・ヨルムガンドと遭遇した時も、負傷したジョットがベッドで眠っていた時も。

 フィオは手の甲を口にあて、おそるおそる心で語りかけてみた。


『ジョットくん、聞こえる? 私の言葉がわかる?』

『言葉どころか、フィオさんの居場所までわかりますよ』


 答えが返ってきたことにフィオは目を剥いた。これは幻聴なんかじゃない。気のせいでもない。

 私たちは相棒ドラゴンのように交信している!


『ねえこれ、どういうことなの? ジョットくんの力のせいなの?』

『たぶんそうだとは思いますけど、俺にもよくわかりませんよ。こんなことはじめてだし』


 そんなことよりも、とジョットの声が一段低くなる。同時に彼の怒りが流れ込んできて、フィオはビクリと総毛立った。


『よくも俺に睡眠薬盛ってくれましたね。帰ったら覚えておいてくださいよ』

『あああ聞こえない聞こえない』


 そう返しながら、フィオは飛行姿勢を直した。わずかな動きでも、もう薬では誤魔化せない激痛が足を貫く。

 と、そちらに気を取られている間、ジョットの気配が遠のいていることに気づいた。声も聞こえない。ただなんとなく、話しかけられていることだけはわかる。


「ふうん? お互いの意識が向き合っている時だけ交信できるってこと?」

『フィオさん! ジンとキースが徐々に詰めてきてる。まだ油断するな!』


 ジョットと確認したいことは山ほどあるが、今はとにかくレースが優先だ。

 ランティスの声に意気よく返事して、フィオはシャルルと一体になるよう低く構える。


「この広い空で翼竜科に遅れるシャルルじゃない!」


 世界の果てと言わしめるほどの、途方もなく巨大な大地の裂け目にシャルルの咆哮が響く。

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