62 駆り立てられる理由②

 ライダーとナビは、阿吽あうんの呼吸でレースに挑む共同体。そのことから、相思相愛、夫婦めおと、浮気、破局など、恋愛関係になぞらえて表現されることはよくあった。

 しかしフィオは、親のかたきと言わんばかりの形相でジョットを威嚇してくる。

 あ。こういうこと言うと強制送還なんですね。

 ジョットはひとつ学んだ。


「はあ……。ねえ、本当に帰る気ないの?」

「フィオさんには悪いですけど、ここで断られてもまた追いかければいいって思ってますからね俺」

「なんでそこまで私にこだわるのかな」

「あなたが飛びつづける理由といっしょです」


 魂がこれだと求める唯一のもの。どんなに距離を置いても、忘れられず、また惹き寄せられる。ジョットは、シャルルと舞い踊っていたフィオを思い浮かべて答えた。

 だが彼女は、蒼天の目を細めてうつむく。頬に薄暗い影が落ちた。


「ふうん。それはどうだろうね」

「フィオさん?」

「あーあ。せめて少年に飛べる相棒ドラゴンがいれば、もっと気楽に――」


 わざとらしくフィオは大きな声で話を変えた。しかし、しまったという顔をしてすぐに口をつぐむ。

 年頃を過ぎたのに相棒ドラゴンがいない。それが示す答えには、不幸がつきまとう。


「だいじょうぶですよ。俺、相棒と死別したわけじゃないですから」

「そうなの? じゃあ……?」


 当然の流れで疑問を抱くフィオに、ジョットは苦笑いを浮かべる。これを口にすることは、死別とは違った気まずさがあった。


「その、まだ出会ってないんです。相棒に……」


 フィオは目をまるめ、なにか言いかけてやめた。聞かなくてもわかる。ジョットの年齢を確かめようとしたのだろう。もしくはよほどの鈍感かと疑うか。

 十四歳にもなって相棒ドラゴンと出会ってないことは信じがたく、たいていの人がどちらかの反応を見せた。


「なるほど。だから少年は旅に駆り立てられるのかもしれないね」

「どういう意味ですか?」


 ふいに、フィオは得心顔でうなずく。シャルルを手招き、すり寄ってきた大きな体を受けとめながら、微笑んだ。


「まだ見ぬ相棒があなたを呼んでるんだよ。そしてあなたも求めてる。互いを引き寄せる人とドラゴンの絆は、なにがあっても結ばれる運命だから」


 シャルルが首を伸ばして、フィオの口に無邪気なキスをした。フィオは声を立てて笑い、お返しの口づけを贈る。ジョットはとたんにうらやましくなって、押し倒す勢いで甘えるシャルルを見つめた。


「よお、フィオ。ご苦労さん。待たせて悪かったな」


 そこへ、エプロンを身につけた店員風の男がやって来た。ひらひらとなにか紙を持った手を振る男に、フィオも片手を挙げて応える。


「酒ダル運搬料、四万ペトにしてくれたら許してあげる」

「吹っかけてくるな!? せめて三万二千だ」

「え、いいの? やったね」


 値段交渉に成功し、フィオはさっさと男が持ってきた紙にサインした。

 ジョットは自分よりずっと大きな酒ダルを見上げる。どうやらこれはフィオが取ってきた仕事らしいが、重量超過ではないのか。シャルルと比べても、酒ダルの大きさは遜色そんしょくがなかった。


「じゃあ、いつも通りよろしくな」

「はーい。任せて」


 男はフィオに運搬料を払い、戻っていく。それを見送って、フィオはシャルルを酒ダルに上がらせた。タルに巻かれたロープと、シャルルの腹にぶら下がる金具を繋げていく。


「……条件もうひとつ追加しようかな。あなたが相棒ドラゴンを見つけたら、即強制送還。これを呑むなら、ついてきていいよ」


 手元を見たまま言うフィオに、ジョットは思わず飛びつく。


「いいんですか!?」

「無茶してオオカミに食べられでもしたら、寝覚めが悪いもの。いい? どんなに延びてもシャンディ諸島国までだから。自分で言ったんだから、絶対守ってよ」

「はい! はい! ありがとうございますっ。フィオさん大好き!」

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