61 駆り立てられる理由①

 美しいクリスタルの角を持ったナイト・センテリュオが、うれしそうに鳴く。ジョットが慌てて振り返ろうとすると、拘束が外れた。後ろにいたのは、不機嫌そうに腕を組むフィオだった。

 まずい。ジョットはとっさに街道へ走り出す。


「あらあら。大好きなフィオお姉さんを見て逃げ出すなんて、ひどいじゃない。ねえ? シャルル」


 後ろで力強い羽ばたきの音がした。いっそう強く地面を蹴ろうとした瞬間、太い脚に肩を掴まれて体がふわりと浮く。ジョットが悲鳴を上げているうちに、あっけなくフィオの元に戻された。

 シャルルはジョットを捕らえたまま伏せをして、厚い胸板で押し潰してくる。


「ちょお、くるじいっ。どいてえ」

「南に行くはずのあなたが東門に現れた。つまり帰る気はないってことだよね。港からシャンディ諸島国行きの船に乗るつもりだった、なんて言わないでよ。さっきタルがドルベガ行きだって喜んでたんだから」


 ぐうの音も出ない。ジョットは観念して脱力した。頭上からフィオの怒気をピリピリと感じる。

 クソガキとののしる時の比ではない。本気で怒ると彼女は、静かな声で退路をことごとく潰すたちだ。


「お義父さんの話も嘘でしょ」

「……それがわかったから、待ち伏せしてたんですか」

「昨日、いや一昨日からあなた大人しかった。やけに物分かりがいいから、怪しんでいたの」


 警戒心を持たれないために、素直を装ったことが裏目に出たか。結局子どもの浅知恵だと、ジョットは情けなくなって項垂れる。

 けれど心の隅っこでは、フィオがそれだけ自分を見ていてくれたことに喜びを感じていた。


「そうまでしてリルプチ島に帰りたくないの? まさかコリンズ夫妻との間に、なにかあった……?」


 フィオの声がかすかに揺れる。ジョットはハッとして、勢いよく首を横に振った。


「そんなことはありません! ふたりにはとても良くしてもらってます! いくら感謝しても足りないくらいです」

「ならどうして帰らないの。コリンズ夫妻だって心配してるよ」


 そう言われるとジョットも心苦しい。アンダルトに着いてすぐ書かされた手紙は、とっくに義父母の元へ届けられただろう。それを読んだやさしい夫妻が、胸を痛めないわけがなかった。

 帰れない理由は確かにある。けれどそれ以上に、帰りたくないんだとジョットは固く拳を握る。


「いっしょにいたいからです、フィオさんと。少しでも近くにいたい」


 どいてくれ、と願うとシャルルは身を引いてくれた。ゆっくり立ち上がるジョットから、フィオは一歩下がる。困ったような、真偽を図りかねるような顔をしていた。

 まっすぐな思いを伝えても、この人を困らせることしかできない、自分の幼さと縮まらない距離がもどかしい。


「ナビをもっとやりたいってこと?」

「……そうですね。それもあります」


 最もらしい理由を口にするフィオを、ジョットはあえて否定しなかった。フィオのそばにいられるなら、肩書きなんてなんでもいい。

 ナビとして彼女を支えたいと思っているのも本心だ。

 しかしフィオはまだいぶかしげに眉をひそめる。


「だけどエルドラド国まで行ったら、簡単には帰れなくなるよ」

「じゃあ、こういうのはどうですか。俺がナビとして同行するのは、シャンディレースまで。それが終わったら今度こそ素直に帰ります」

「レースしながら送ってもらうってわけね。賢い方法だけど、シャンディは次の次の次。三ヶ月後だよ。長過ぎる」

「もちろんやるからには、真剣にやります。フィオさんを困らせるようなことはしません」

「困らせたら即強制送還」

「うぐっ!」


 思わず息を詰まらせると、にらまれる。ジョットは半ば投げやりに叫んだ。


「い、いいですよ!」

「あと、他にナビやってくれる人が見つかった場合も即強制送還」

「えー! それはひどいです!」

「なんで」

「だって俺がいるのに、堂々と浮気宣言ですよそれ」

「言い方には気をつけようね少年」

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