60 少年の事情②
きょとんと首をかしげるフィオに、ジョットは首から下げたシャルルの角笛を見せる。
「ロードスターになってもならなくても、会いにきてください」
フィオは困ったように微笑んだ。
どんな姿を見たって失望しない。ジョットのこの思いを、彼女はまだ信じてくれないのだろうか。たとえ飛べなくなったって、フィオがあの日見たジョットだけの一番星であることに、変わりはないのに。
シャルルがか細く鳴いた。別れを惜しむ気持ちが流れてくる。
「あなたのこと、なにがあっても忘れない。シャルルの角笛を見る度に少年を思うよ」
結局フィオは、会う約束を明確に告げず飛び去ってしまった。黒い影が次なる戦場、北部の山岳地帯エルドラド国へ向けて見えなくなるまで、ジョットは佇んでいた。
「もう会うつもりはないってことかな。だったら、この選択をしてよかった」
ひとつ息をついて、昨日買っておいた地図を取り出す。それはアンダルトを中心に、コーダ・タルタル山脈からエルドラド国の首都ドルベガまでを書き記したものだった。
「えーと、行き方は二通りか。シェルフ川を上って湖畔の小屋から山越え。もしくは東から海に出て船。この時期、山頂はまだ雪だよな。無難に船か」
よし、と地図を畳んで歩き出す。のんびりはしていられない。徒歩では港までだって十日はかかるだろう。その先の船旅にいたっては予想もつかない。
運も味方につけて要領よくいかなければ、エルドラドレースを逃してしまう。
ノワールがノルモ入江までの足を用意してくれた、という話は嘘だ。フィオに見送りをさせないために、ジョットが考えた作戦だった。
「ごめんなさい、フィオさん。でも俺は帰るわけにはいかない。いや、帰れないのほうが正しいのかな……」
急に後ろが気になって、ジョットは振り返る。しかしそこにはのどかな田園風景が広がり、人とドラゴンが農作業に勤しむばかりだった。
「東門を出た先に橋。それを渡って北行って、支流にぶつかったら東……。んー。歩きじゃここまで行けないよな。配達員とかいればいいんだけど」
アンダルトの街を東門から出たジョットは、あたりをきょろきょろと見回した。大口の依頼を受けるライダーは、だいたい門を出たところで荷物のやり取りをしている。
門前には十頭以上のドラゴンがそわそわと待機し、依頼人と話すライダーをせっついていた。
問題は、この中に港へ向かい且つ、ひとり旅の怪しい未成年を乗せてくれる人がいるかどうかだ。
「今度はエルドラドのばあちゃんが
はあ、とため息をついた時、ひと際大きな酒ダルに目が留まった。大人の男性の背丈ほどあるタルには、きっとむち麦酒がたっぷり入っているに違いない。
ジョットの脳裏に昨日、なにげなく手に取ったエルドラド観光本の文面が過った。
「そういえばドルベガは、酒場の数が多いって書いてあったな。もしかして!」
駆け寄ってタルを確かめる。すると案の定、エルドラド国ドルベガ行きと紙が張られていた。
「よっしゃ! あとはライダーと交渉して――」
「やっぱりここに来やがったな、クソガキ」
えっ、と振り返る間もなく、ジョットは後頭部を掴まれタルに押しつけられた。目玉を精一杯向けるが、背後の人物は見えない。ドラゴンの大きな鼻息が、周りをうろついている。
「なにしやがんだ! 放せ!」
またキースの仕業かと思ったが、彼にしては声が高かった。となると、ひとつの嫌な予感が浮かび上り、ジョットはがむしゃらに暴れる。
「ダーメ。どういうつもりかきっちり話してもらうまで逃がさないから」
あれ? この声って……。
ジョットが目をぱちくりさせていると、ドラゴンの顔がぬっと現れ、鼻をべろりと舐められた。
「うわっぷ! シャルル!? ってことは」
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