277 やっと会えた

「嘘だ! フィオさんはそんな人じゃない……! 妄想たくましいのもいい加減にしろ! フィオさんのえっちな姿を想像していいのは俺だけだあっ!」

「うーん、うるさいなあ……」


 互いに掴みかかろうとしていたジョットとチェイスは、間の抜けた声にぴたりと動きを止める。見ればジョットよりも上等な寝具にくるまるフィオが、大きなあくびをこぼしていた。

 うっすら開いた蒼天の目が、ぼんやりジョットとチェイスに向いている。

 生きてる。声が聞こえた。

 目を開けて、俺を見ている!

 感極まり引きつれるのどから、ジョットは声を絞り出す。


「フィオさ――!」


 ところが、フィオのまぶたはウトウトと危うげな動きをして、ぴっちり閉じるとまた安らかな寝息を立てはじめた。


「流れるように二度寝! 待って、フィオさん起きてくださいよ! 俺話したいことたくさんあるって言ったじゃないですか!」


 フィオの肩を掴んで、ジョットはやさしく揺さぶる。

 一度はこの手からこぼれ落ちた命だった。突き刺さった刃の絶望、赤い血潮が指の間をすり抜けていく感触、冷えていく肌を覚えている。ただ眠っているだけなのに、目をつむった顔が死顔と重なって心臓が痛い。

 また目を開いて。声を聞かせて。微笑みかけて欲しい。何度でも。


「ジョットくん」


 頬に豆の硬い感触が当たる。ジョットは我に返り、頬をなでる手の先を辿った。フィオが目を開いて、笑っている。死に際に浮かべた、あの満ち足りたような笑みだった。


「フィオさん!」

「嫁!」

「きゅあ!」


 チェイスと同時に身を乗り出して、互いに頭をぶつけた。痛みに怯んだふたりの間から、白い小竜が飛び込んでフィオに頬ずりする。

 小竜改め竜神は、ジョットを見上げて釘を刺すような視線を送ってくる。正体は話すな、ということだ。ここではただの小竜で通すつもりらしい。


「またジョットくんに会えてうれしいけど、どうしてここに……?」


 フィオが夢心地につぶやく。まぶたはとろりと重たげで、視線はジョットとどこか遠くを行ったり来たりしていた。

 夢の世界へまた誘われてしまいそうなフィオの手を繋ぎ止め、ジョットはゆっくりと話しかける。


「フィオさん。フィオさんは助かったんですよ。ここはチェイスの家です。あなたのドラゴンを思いやる愛が、竜鰭りゅうぎ科の群を止めたんです。あなたは生きてる!」

「でも、わたし……。そうだ、胸を……」


 持ち上がったフィオの手が、なにかを探して胸の上を這う。最初は不思議そうだった目が、ハッと見開いて体を見下ろした。

 服は着替えて、血もナイフの跡も残っていない。しかし、すっかり元通りなのは服だけではないと、フィオも感じただろう。

 フィオは弾かれるように起き上がり、ジョットに抱きついた。


「ジョット……! ジョット! もう会えないかと思った! いっしょに帰れないんだって怖くて、またあなたを置いていくのが悔しくてっ。わたし、あなたのことばかり――!」


 そこまで言って息を詰め、フィオは言葉を飲み込んでしまう。忙しなく今度は身を離して、目をさ迷わせた。その表情がひどくよそよそしい。


「ご、ごめん。うれしくて、つい……。婚約者がいるのに、困るよね」

「フィオさん、そのことで話があるんです。聞いてください」


 そっと振り向かせようとした手は、フィオに押さえつけられた。


「わかってる。あなたが来てくれたのは、シャルルの暴走を新聞とかで知って、心配してくれたからでしょ。勘違い、してないから安心して」


 ジョットを拒む手を握り返して、腕の中に閉じ込めてやろうかと思っていた衝動が、フィオの声で引いていく。

 死を悟り、永別の恐怖と悔恨を思い知った。それでもなおフィオは、ジョットだけの幸せを望み、それがピュエルとの結婚だと信じている。


「勘違い。それで終わらせることが、フィオさんの望みですか」


 最愛の人が死を乗り越えてまで、望む願いだと言うのなら――。

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