278 ふたりでひとつ①

 カツン。

 そこへ、なにか硬いものが床に落ちる音がした。見るとガラスだろうか、たまご型のペンダントトップがきらり輝いている。

 近くにチェイスが立っていたが、彼は気づいていない様子で小竜の首根っこをむんずと掴んだ。


「おら。お前も来い」


 ごちそうを取り上げられたように、小竜は両手脚をじたばた振って抵抗した。しかしチェイスは毅然きぜんと暴れ竜を運び出していく。

 すだれがはらりと彼の背中を隠すせつな、「気の回らない男は嫌われるぞ」と声が聞こえた。

 気遣われた? でもあいつが、なんで。


「あ、あー、ジョットくん。そのネックレスは気にしなくていいからね」

「え。これフィオさんのなんですか? じゃあ取ってあげますよ」

「あーっ! あーっ!」

「死にかけた、ていうか死んだんですからね。安静にしててください」


 寝具から出そうなフィオを、ジョットはかけ布団代わりの上着で押さえる。そうしてサッとネックレスを拾ってみると、確かにこの時代ではまず不可能だろう細工が施されていた。

 藍と紫が交わる夜空を背景に、たくさんの気泡が星くずのように踊っている。その中で放射線状に描かれた大きな金星きんぼしが、ひと際目を引いた。


「ロードスター……。フィオさんみたい」


 つぶやいて、ジョットはガラス越しに星をなでる。


「と、取ってくれてありがとね。はい、渡して。まっすぐ、こっちに、早く」


 明らかにうろたえているフィオに、ピンときた。

 改めてペンダントトップを見てみると、半分に分かれていて金具で留めてある。転写絵てんしゃえを入れておけるロケットペンダントだった。

 大方、キースの絵でも入れてあって、フィオは見られるのが恥ずかしいのだろう。珍しく弱り果てたフィオがかわいくて、もっと困らせてみたくなる。

 ジョットは留め具に指をかけた。


「わー!? 見ちゃダメ!」

「え……」


 からかってやろうと思っていた言葉が霧散する。ペンダントに入っていたのは、ジョットの転写絵だった。

 いつ撮られたのか覚えていない。でもきっと、自分でも締まりのないと思う笑顔の先には、フィオがいる。そうとしか考えられない。


「フィオさん、これ」


 目が合うと、フィオは顔を覆ってうつむいた。隠しきれない耳が、ほんのり赤いように見える。その熱が、緊張が、ドキドキが、伝播したようにジョットの胸も高鳴って、つばを飲んだ。

 竜神の魂と竜神の心臓。元々ひとつだったものを宿したこの心は、もう隠せない。


「フィオさん、わかるでしょ。俺の鼓動。俺もわかりますよ。フィオさんすごく、ドキドキしてる」

「やだ。言わないで……」


 寝具に逃げ込もうとするフィオから、上着を奪った。遠くへやってしまった毛皮の代わりに、ジョットの両腕でフィオを包み込む。

 唇を寄せた耳は、火傷しそうなくらい熱かった。


「ねえ。本当のこと言ってください」

「ダメだよ」

「どうして」

「手放せなく、なる。私じゃ、ジョットくんを傷つけるだけなのに」


 触れることを恐れるように、フィオはひざを抱えて身をすくませる。

 実の母親が唯一残していったものは、今もジョットを深く苛みつづける。けれどひとつだけ、良いこともあった。


「いいですよ。そのまま俺を離さないでください」


 ジョットはフィオの手に手を重ねた。逃げようとするのを繋ぎ止めて、自らの胸に引き寄せる。フィオの指先が近づいてくるごとに、震えが抑えられなくなった。


「震えないからいいってわけじゃない。フィオさんがはじめてだった。自分から触れたいと思ったひとは。あなただけなんだ。恐怖よりも喜びを感じたのは!」


 この傷跡が教えてくれた。世界にたったひとり、運命の人を。


「この心に触れられるなら、あなたがいい。傷つきなんかしませんよ。だってこんなにも、幸せなのにっ」


 握り締めた手を心臓の上に触れさせる。実母の幻影は溶け消え、感じたのは愛しい人のぬくもりだけだった。

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