279 ふたりでひとつ②

「そのペンダント」


 ふと、フィオがもう片方の手を伸ばしてきた。癖のように身構えてしまったジョットだが、彼女はためらわない。ジョットの手にあるネックレスをさらりとなでて、ペンダントトップをすくい上げる。


「これを見つけた時、夜空と星だと思った。たくさんの星の中で、ひと際強く輝く金色の星がロードスターみたいって」

「フィオさんの夢ですもんね」

「違うよ。あなたを思い浮かべた。だからジョットくんの絵を入れたの。道を指し示し、照らしてくれた。私にとってジョットくんは、私を導くたったひとりのロードスター」


 困ったように笑って、フィオはジョットの胸に指を這わせる。


「もう、あなたなしなんて考えられない」


 背筋を駆け上がった衝動に抗わず、ジョットはフィオを押し倒した。額、まぶた、米神。目についたそばからキスを落としていく。


「ちょっと! ジョットくん落ち着いて」

「今のはフィオさんが煽りました」

「煽ってない。勘違いです」

「でも嫌がってないでしょ?」


 得意げに言ってやれば、フィオは噴き出して笑った。繋がった心から彼女の許しと幸福と信頼、惜しみない慈しみが伝わってくる。

 同じだけ、いやそれ以上にこの心も届けと、肩に顔をすり寄せた。無邪気に笑っているフィオを盗み見て、まだ足りないと未熟な心がうずく。

 目に留まった花唇かしんの香りに誘われ、ジョットは唇を寄せた。


「ダメ」


 けれど年上の彼女は、こんな時でも余裕を見せる。


「あと二年経ってからじゃないと」

「そんな決まりがこの時代にありますか」

「ほ、法律はないかもだけど。常識で――」

「ねえ」


 フィオの言葉を、唇に添えた親指で遮る。指の腹で触れるか触れないかのところを、ゆっくりとなぞった。

 視線を絡めて、想像をうながすように紡ぐ。


「俺と、キスしたくないですか?」

「……ずるい」


 フィオの目に灯った熱が、ジョットの心に火をつける。


「誰も咎めません。今だけは、あなたを感じさせて」


 もう二度と飛び去ってしまわないように、覆いかぶさって囲い込む。けれどフィオはいっそ無垢のように、目を閉じてジョットに身を委ねた。

 金色のまつ毛ひと筋ひと筋にさえ、胸の奥が掻き乱される。千年経ったって、フィオさんには敵わない。悔しいほどの幸福を噛み締めて、ジョットはたどたどしく口づけた。



 * * *



「チェイス、ここにいたんだね」


 フィオは最後の階段を上りながら、振り返ったチェイスに笑いかけた。

 若き族長は連日、残ったやぐらに上がって村の被害状況の確認や再興の算段をつけていると、民たちから聞いている。

 羊皮紙片手に炭で指を黒くしながら、チェイスは陽気に笑い返した。


「なんだ、用があるなら下から呼べばよかったのに。階段きつかっただろ」

「ふふっ。ありがと。でもだいじょうぶだよ。そんなに柔じゃないから」

「そうだな。お前はたくましいよ。……本当に」


 眼下へ視線を戻したチェイスと並び、フィオも村を見渡す。

 やぐらと防塞壁のほとんどが壊されていた。特にロワ・ベルクベルクが出現した東側は、民家にまで被害が及んでいる。その瓦礫がれきを、民たちが辛抱強く広場の一角に運び出していた。

 しかしこうして見ると、被害の中心が投石機や防塞壁などの軍事機関であることがわかる。ドラゴンたちも殺戮さつりくを好んでいたわけではない証拠だ。

 きっとフィオのしたことはきっかけに過ぎなくて、チェイスやプッチのような存在がこれから歴史を動かしていくのだろう。


「死傷者は少なくない。村の被害も見ての通りで、喜べはしないが」


 そう前置きながらも、チェイスはフィオを見て笑みを浮かべた。


「改めて礼を言うよ、フィオ。ありがとう。お前がいなかったら、俺たちは今頃全滅していた」

「いいよ、お礼なんて。本当に大変なのはこれからでしょ、族長さん」

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