242 族長の責務と罪

「チェイス殿、どういうおつもりですか」

「悪いがお前らを帰すわけにはいかない。お前らはドラゴンの親玉一匹と繋がっている。大戦前に告げ口されちゃ困るんでな」

「大戦? チェイス、なんのはな、んんっ」


 問い詰めようとした口は、チェイスの手に塞がれた。フィオは身をよじったが、拘束がきつくなるばかりだった。間に挟まれている小竜を思うと、下手に動けない。


「やはり演習とは建前。あなたたちは、恐れ多くも神殺しをなさるつもりか!」


 森の民の言葉にフィオは目を見開く。四部族が集まった大軍とドラゴンの衝突。それは人竜戦争に他ならない。この戦いが起きてしまえば、人とドラゴンは互いを憎み合い、争いつづける。

 暗い地下牢に繋がれたシャルルは、二度と空に戻れず死んでしまう!


「お前らは人質だ。邪教の民がもし歯向かってきた時のな」


 連れていけ。チェイスの冷たい命令が下る。石の男衆は三人の薬師を縄で拘束し、手荒く立たせた。外に連れていかれるせつな、妻子がいると言っていた男とフィオの目が合う。

 男はなにか訴えるように口を開いたが、突き飛ばされてすぐに見えなくなってしまった。

 フィオはしばし声が出なかった。チェイスの腕から解放されても、手足を投げ出して項垂れ、敷物の一点をぼんやり映していた。そんなフィオを、窓枠に移った小竜が静かに見つめている。


「……恨むなら恨めよ。もう軍勢は動き出してる。山の民も平原の民も海の民も、そして俺たち岩の民も、今さら止まれねえんだよ」


 のろのろと顔を起こすと、チェイスは庭側の窓辺に佇んでいた。その眼差しはどこか遠くを映しながら、感情のない色をしている。

 復讐ふくしゅうの炎に燃えているならまだしも、諦めたかのような横顔は、フィオを言い知れない衝動に駆り立てた。


「どうして。どうしてなのチェイス! あなたはもうわかってるでしょ。この数日間、おチビと争わずに暮らしてきた。それがどうして、他のドラゴンとはできないと思うの!?」

「そいつはひなだろうが。短角って言ったか。それが事故で取れただけだろ。無垢だから懐いているんだ、嫁にはな。俺にはけして懐かない。村の男どもだって。今まで何匹殺してきたと思ってる。今さら遅過ぎる……ちがう。そうじゃなくて」


 額に手をあてるチェイスの姿に、フィオは目を見張った。じっと見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。

 窓枠に項垂れ、とつとつと話すチェイスの声は、拒絶とは違う声色を帯びはじめていた。


「ひなを懐柔するとか、薬で正気を奪うなんてやり方は、時間がかかり過ぎる。ドラゴンに束になられたら、俺たち人間は一夜で全滅だ。だから、叩かれる前に叩くしかない。民を守るためには、これしか道が」


 言い訳をまくし立てる唇を、フィオは指先でそっと押さえた。まるまったチェイスの目がせつな、迷い子のように揺れる。すぐに隠れてしまった複雑な光の瞬き。そこにきっと彼の本心がある。

 触れてくれるな、と彼の表情は語っていた。やさしいふりをした手を強張る頬に滑らせて、フィオはごめんねとつぶやく。


「プッチ。そう呼んでいたよね、おチビを見て」


 目の前のたくましい体が、手負いの獣のように震えた。


「その子は」

「やめろ」

「あなたの、なに」

「やめてくれ。どうせもう許されない」


 フィオの手を振り払った力は、弱々しかった。チェイスは顔をうつむけて、脇を通り過ぎる。敷物へ横たわると、背を向けて沈黙した。何度か名前を呼んでみたが、寝たふりをして応えない。

 許されないとは、族長として民の期待は裏切れないということか。武人としてほふってきた生命への罪は、消えないということか。

 この村のすべての命運を負っていると言うには、あまりにも小さな背を見つめ、フィオは静かに拳を握った。




 夜。夜行性の鳥たちの声もやんだ頃、フィオはまぶたを開いた。隣のチェイスがしっかり寝入っているのを確かめてから、絡みついた手足を慎重に外していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る