243 闇夜の暗躍①

 やっとほどけたと思ったら、服を掴まれていてつんのめった。物音を立ててしまい、慌てて振り返る。しばし耳を澄ませてみたが、家主の寝息は安らかなものだった。

 ちょうどいい。スナギツネ仕様の夜着は脱いでしまって、チェイスに抱っこさせてあげる。フィオは月明かりの下、こそこそと部屋の隅へ向かった。そこには、嫁の衣装箱だとチェイスが用意させた木箱がある。


「あ、おチビさんも静かにしてね。しーっ、だよ」


 いっしょに起きてきた小竜に人さし指を立ててみせた。聞いているのかいないのか、小竜は木箱に頭を突っ込んで漁っている。

 様々な変態疑惑の服を掻き分け、フィオは目当ての一着を見つけた。これはチェイスが、おそろいを身につけたいと言って作ったチュニックとパンツだ。唯一まともな服とも言える。


「ケモ耳とかペアルックとか、あの人服のセンスだけは先進的だよね。絵描きだから?」


 小竜が革袋をくわえて顔を持ち上げた。ちょうど持っていこうとしていたものだが、取ってくれたわけではないらしい。受け取ろうとしたら、また引っ張り合いがはじまり肝が冷える。


「もう、チェイス起きちゃうってば。ああ、おチビ様ご主人様。下僕にそれをお貸しください」


 念が通じてよだれつきで返却されたそれと、もうひとつの革袋を腰ひもに下げた。最後に革の編みサンダルをはく。

 戸口へ立ったフィオは足を止め、眠るチェイスを見つめた。奪われたロケットペンダントが頭を過る。しかし懐をまさぐって、起こしてしまっては計画が水の泡だ。


「ミミちゃん、ごめんね」


 もう取り戻せないかもしれないことを、友人に謝った。

 渡り廊下に出て、炊事場は通らず集会所を迂回していく。小竜が歩いてあとからついてきた。

 昼間捕らわれた森の薬師たち。彼らがどこに閉じ込められているのか、正直わからない。けれどもフィオは、村の中央にある競技場コロセウムが怪しいとにらんでいる。

 その中の小部屋か周辺の建物を、しらみ潰しに当たるしかない。

 と、その時、集会所の影から人が出てきた。突然立ちはだかった人物に、悲鳴を上げなかったのは奇跡だった。いや、驚き過ぎて声も出なかったというほうが正しい。


「フィオさん」


 その人物は月の下に出てきて、水色の目を切なく細める。月光に照らされた金の髪は、白銀に染まっていた。


「レイラさん、どうしてここに」

「あなたはきっと、薬師さんたちを助けにいくだろうと思って」


 チェイスの母レイラは、息子の部屋を気にしたかと思うと、フィオの手を取って歩き出した。


「来て。こっちよ」

「あっ、でも」

「拷問部屋はこの家の裏手にあるのよ。薬師さんたちはそこにいる。心配しないで。閉じ込めてるだけ。手荒なことはしないって、チェイスが言ってたわ」


 足音を立てないよう注意深く、しかしすばやく移動するレイラについていく。奥の彼女の部屋を抜け、階段井戸の横を通り、もっと先へ。


「……チェイスが、信じられない?」


 振り返らないままつぶやいたレイラが、どんな顔をしているのかわからなかった。繋いだ手はあたたく、すべてを包むようにやわらかい。

 けれど、やせ細った指はフィオよりずっと儚く、なにかを堪えるように強張っていた。


「簡単に絆されないから、彼は族長としてみんなに慕われているんです。信用はむしろ厚くなりました」


 夜風に乗ってレイラのひかえめな笑い声が届く。フィオからもそっと彼女の手を握った。


「でも未だわからないのは、私を嫁扱いすることです。竜狂いなんて、めんどうなだけだってわかっていただろうに。からかって楽しんでいるんでしょうか」

「からかうためだけに、そんなことしないわ。あの子は族長だもの。つねにいろんな危険を考えてる。でも、フィオさんの手を縛らなくなった。縄の痕、すっかり消えたものね」

「それってつまり、どういうことなんです?」

「ふふっ。それを私の口から言うのは野暮よ」

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