244 闇夜の暗躍②
そう言われても、この先二度と口を利いてもらえなくなるかもしれないことを、仕出かそうとしているのだけど。
「ここよ。この階段を下りていくの」
家の裏手、そこはヒルトップ村を支える赤岩の縁でもあった。人ひとり分ほどの狭い階段が、闇夜にぼんやりと浮かんで見える。ジグザグに折り返しながら、地上まで伸びているようだ。
「ここを下ったところに拷問部屋があるのよ。待って。今たいまつに火を灯すわ」
階段口には持ちやすく加工した木や布が置いてあった。レイラが事前に用意したものだろう。それらを組み合わせていくレイラの手を、フィオは制した。
「だいじょうぶです。ドラゴンの目を借ります。レイラさんはここで戻ったほうがいいです。あなただけはどんな時も、チェイスの味方でいてください。族長であろうとする彼の選択も、間違いではないんですから」
フィオの手に手を重ね、レイラはかたわらの小竜を見た。
「そうね。フィオさんには心強いお友だちがいたのよね」
そう言って微笑んだ彼女の行動に、フィオは小さく息を呑む。ほっそりした手が、小竜に向かったのだ。首筋に沿うように伸ばされた手は、しかし、小竜が振り返ったことで竦む。
フィオは小竜の胸元をなでて、機嫌をうかがった。心地いいそよ風に重ね、小竜はのどを鳴らして歌う。これなら、と思った。
惑うレイラに力強くうなずいてみせる。
もう一度、勇気を握り締めた手がおずおずとほどかれ、小竜に触れた。
「あたた、かい……。こんなにあたたかいのね、ドラゴンって。それに、思っていたよりもずっと、やわらかいわ」
気持ちいいところに触れてもらって、小竜はうっとりとすり寄る。その瞬間、レイラの肌に走った衝撃がフィオにも伝わってくるようだった。
彼女は頬を上気させ、目がうるみ、息を弾ませる。恐れ混じりのたどたどしい手つきと、喜びの表情は、まるではじめて我が子を抱いた母のような尊さに満ちていた。
「あの子にもいたのよ。ちょうどこの子くらいの、小さなお友だちが」
レイラがふと口にした言葉を、フィオはすぐに飲み込めなかった。
「ずっと昔の話よ。まだ五歳くらいだったかしら。チェイスはよくこの階段で、ドラゴンのひなと隠れて遊んでいたの」
「ドラゴンのひな……」
「プッチと名前をつけて弟みたいにかわいがっていたわ。その頃のチェイスとプッチを思い出す度に私は、大人たちの価値観を子どもに押しつけてるだけじゃないかって考えるのよ。私たちの悲しみや怒りは、新しい世代にとって関係ないものね……」
「そのプッチは今どこに!? チェイスの近くにいないんですか!」
急く思いで詰め寄ると、レイラの表情が固まった。引き結んだ唇が震えていることに気づいて、フィオは自分の軽率さを悔やむ。
堪えきれなくなったように、レイラは顔を背け一度だけ鼻をすすった。
「お父様に見つかってしまったの。激怒したお父様はプッチを捕まえて殺そうとした。チェイスは必死に追いすがったわ。だけど、いよいよという時に、巨大なドラゴンが襲来した。きっとプッチの親だったのよ。お父様はチェイスを逃がして戦い、そのまま……」
チェイス、俺を置いて逃げろ!
知りもしないチェイスの父の声が、鮮明に耳に響く。父が帰ってこれなかったのは、自分のせいだと責めただろう。愛する人を奪ったドラゴンが恐ろしく、憎んだだろう。
それでもまだチェイスは、プッチの名前を忘れられずにいる。
「許されないのは、自分自身なんだ……。チェイスは今も、自分で自分を断罪しつづけている」
ふいに、レイラがよろめいたように見えて、フィオは手を伸ばした。胸に倒れてくる体をそっと受けとめる。
しかし肩に掴まってきた手は思いの外強く、瞳は涙をにじませながらも、切実な光を宿していた。
「フィオさん、どうかお願いです。チェイスを、あの子を解放してあげてください。大人たちが築いた古い砦の中ではなく、広い大空を飛ばせてやりたい! あの子にはそれだけ自由な魂が宿っているんです。あなたのように!」
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