245 闇夜の暗躍③

 フィオの両手を取って、レイラは握り締める。額を寄せて紡がれる言葉は、祈りにも似ていた。


「あなたが語ってくれた、もしもの未来の話。それを聞いてからずっと考えていたわ。チェイスもきっと喜ぶに違いないと! そしてあの子を過去のしがらみや罪から解き放てるのは、フィオさん、あなたしかいない! 勝手な願いを許してね……。でもどうか、チェイスに力を貸してあげて……」


 小竜の脚に掴まり、階段上を滑空しながら、フィオはレイラの言葉を何度も反芻はんすうしていた。疑う余地などない。フィオもチェイスの本心は、言葉通りではないと感じている。

 問題はどうすれば、族長の衣を捨てて素直になってくれるかだ。


「もしくは、薬師といっしょにドラゴン側につくか。テーゼを介してロワ種たちに会い、説得できれば……」


 そのドラゴン側へ渡る最後の機会に、今近づきつつある。


「たいまつの明かりが見える。あそこが拷問部屋だね。おチビさん、少し離れたところに下りて。あっちだよ」


 身振り手振りで小竜に指示を出し、シッポ草の草間に身を潜めた。

 拷問部屋は赤岩を切り出して作られたらしい。階段口の横手にたいまつが二本掲げられ、その明かりの下に見張りがふたり立っていた。入り口の扉は、見張りの男たちに挟まれている。


「入る口実は作ってきたんだけど、出る時どうしようかな。今のところ強行突破しかない」


 フィオは腰に下げた革袋から、シッポ草の草団子を取り出した。

 ホウキノキの実を乾燥させて砕き、イモと混ぜ合わせたものがこの時代の主食となっている。フィオも毎日食べているそれをまねて、草団子を作ってきた。

 これを人質たちの差し入れだと偽り、中に入れてもらうところまではいい。解放した薬師たちを連れて、どう見張りの目を掻い潜るか。

 考え込んでいると、背中をちょんちょんとつつかれた。


「そうだねえ。おチビさんが大きいドラゴンだったら押さえててもらうんだけど」


 無理はしなくていい、と意を込めて背中にある脚をやんわり払う。すると今度は頭できたか、グリリと強めに押された。


「うわっ。まさか草団子狙ってる? ダメだよ、これしかないの。石ですり潰すの結構大変なんだから、ね……?」


 きゅう、と小竜の鳴き声が前から聞こえて、言葉尻が固まる。小さな白い体は、草影の中でもぼんやりと浮かび上がり、フィオを不思議そうに見ていた。


「え。じゃあ後ろにいるのは……」


 関節に小石でも挟んだような動きで振り返る。そこには黒い巨壁がそびえ立っていた。ブホウッと頭上から生ぬるい風が吹き、髪を揺らす。

 おそるおそる見上げると、夜の闇よりも濃い影がグッと迫り、オレンジ色の星が瞬く。フィオを見つめるそれは全部で六つもあった。




「ごきげんよう。見張りご苦労ね。人質に夕食を持ってきたわ。通してちょうだい」


 布にくるんだ団子状のものを手に現れたフィオを、ふたりの見張りは怪訝な目で見た。


「たかだか人質に夕食う? こんなやつら一日一食で十分だろ。こっちは食料難なんだぞ。本当に持っていけって言われたのか?」

「あなた、口の利き方がなってないわね。この私が誰かわかっていらして?」


 ピュエルってこんな感じだったかな、とフィオはシャンディ諸島の令嬢を気取り、鼻をツンと上向ける。怯んではいけない。こんな時こそ堂々と、我こそが法なりという威圧で相手を丸め込む。

 少々不本意だが、フィオは高々とのたまった。


「私は族長チェイスの妻、フィオよ! 我が夫の意向を私が違えるはずがないでしょう。人質は死んでは意味がない。一日二食与えよ。これは族長の命令よ。わかったらそこをどきなさい!」

「し、失礼しましたっ、奥方殿!」


 ふたりの見張りはそろって背筋を伸ばし、裏返りそうな声で叫んだ。そしていそいそと、扉のかんぬきを外していく。


「族長が行き倒れの女をいたく気に入ってるって噂は本当だったのか」

「もう嫁にしてるとは驚きだ。さすが族長」

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