246 闇夜の暗躍④
無粋な小声が聞こえてきた。すっかり信じ込んだふたりをくすりと笑い、フィオは布を取り去った団子を両手にひとつずつ掴む。
「あ、そうそう。これはあなたたちに族長からの差し入れよ」
かんぬきを横に立てかけた男たちが振り返る。うれしそうな顔を、たいまつの火が赤々と照らし出した。礼でも言おうとしたのか、開きかけた口に向かってフィオは両腕を大きく振りかぶる。
「召し上がれ!」
「ほがあ!?」
「ぶほお!?」
草団子を顔面に食らい、仰け反って怯んだ男たちの間を駆け抜ける。扉を押し開きながら振り向き、フィオは草むらに声をかけた。
「いいよー! 出ておいで! ぞんぶんに舐めていいから!」
とたん、小竜につづき花穂を散らして現れたのは、翼竜科マティ・ヴェヒターだ。最初からフィオを敵視していなかったこの個体は、以前もシッポ草の草団子を味わった子だろう。
翼腕で地面を掻き、マティ・ヴェヒターは猛然と突進してくる。見張りたちが目元の草団子を拭った時にはもう、腹這いになって飛び込んできた。
「ぎゃああああっ!?」
ふたりまとめて押し倒し、マティ・ヴェヒターは顔をべろべろ舐めはじめる。まさかじゃれついているとは思わず、男たちの声は断末魔に違いなかった。
草木も眠る深夜。現代よりも深く
「チェイスに気づかれたかな。早く助けなきゃ」
フィオは飛んできた小竜といっしょに拷問部屋へ入った。
血臭、カビのにおい、なにかが腐った臭気。幾人もの罪人をこらしめてきた空洞内の空気はよどんでいる。怖気そうになる足を止めず、フィオは薬師たちを呼んだ。
「その声はチェイス殿の……!」
「奥方殿!」
「奥方殿! どうしてここに!」
「いや嫁じゃないって言ったよね!?」
薬師たちはひとつの石牢に押し込められていた。鉄で補強された重厚な扉に細長い窓があり、目だけ確認できる。その扉はかんぬきで塞がれていた。
「助けにきたんです。今棒を外しますから!」
声をかけつつ、フィオは腕より二倍は太い棒に手をかける。しかしそれは一般女性が持ち上げられる代物ではなかった。
だったら引いてみればどうだと手法を変えるが、はめ込まれた鉄の輪が引っかかって邪魔をする。
「ぎゅあ!」
そこへ小竜が飛んできた。やりたいことはわかった、と言うように勇ましく鳴いて、横木の上に乗る。小さな翼を広げると、濁った空気が流れ出した。
風のマナを操っているのだ。
「ありがとう、おチビさん!」
横木はおもしろいくらい軽々と持ち上がった。周囲を警戒しながら出てくる薬師たちを、出口に誘導する。最後に現れたのは、妻子がいると言っていた代表の男だ。
彼はフィオを見るなり軽く抱き締めてきた。
「ありがとうございます。ですが、あなたの立場が危うくなるのでは……」
「私のことはいいんです。さあ早く、外へ」
代表の肩を叩き、ともに出口へ向かう。その途中でフィオは、薬師たちを縛っていた縄が壁にかけられていることに気づいた。
三本とも掴んで扉に急ぐ。外からはマティ・ヴェヒターに驚く薬師たちの声がしていた。
「見張りは逃げたのね」
ほろ酔い顔のドラゴンの下から、見張りの姿は消えていた。仲間に知らせに行ったのだろう。
いよいよ時間がない。フィオは縄を手早く伸ばし、端と端を繋げて一本の長い縄にする。それを持ってマティ・ヴェヒターに近づき、脇に縄を通しながらよじ登る。
薬師たちは慌てふためいた。
「あ、危ないですよ!」
「だいじょうぶ! この子は今機嫌よくなってるから。あなたたちも手のにおいを嗅がせて、あいさつしておいて。ゆっくりやさしくね」
もう一方の脇にも縄を潜らせて、交差させた輪を描く。きつ過ぎずゆる過ぎない力加減で、結び目を作った。簡易的なハーネスの完成だ。
ドラゴンの肌を滑り下りながら、フィオは薬師たちに背に乗るよう指示する。困惑の声はあえて無視し、マティ・ヴェヒターの正面に回る。
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