90 ジョットの秘策

 代わりに人々の歓声がドッと押し寄せてきた。黄金宮殿カジノ前の噴水広場に、観客が巨影となってうごめいている。

 彼らが見つめる先に展開された、青い半透明の箱が障壁区画ジャマーゾーンだ。


「狩りの時間だよ! シャルル!」


 意気よく吠えたシャルルは、二位集団から間髪遅れることなく障壁区画ジャマーゾーンに入った。中では黄色い飛跳石とびいしが捕食者たちから逃げ惑う。

 シャルルはすぐ一匹に目をつけ、グンッと速度を上げる。フィオはライフルの照星を覗き込み、その時を待った。

 左右へ慌てふためく獲物は、シャルルに上へ追い詰められていることを知らない。しっぽの舵を巧みに操って退路を塞ぎ、天井とで挟み撃ちにする。

 右か左か。迷ったような一拍の間を、フィオの染料弾が貫いた。


『一撃! 一撃です! フィオ・ベネット選手またしても飛跳石を一発で仕留めました! 今年の彼女の狙撃は神がかっている!』

『やべえー! 普通に竜騎士団クラスっスよ!』


 反響石はんきょうせきを通した実況と解説の声が、街中の災害用伝心石から流れる。

 飛跳石をくわえたシャルルは、銀翼のシュタール・イージスの前を横切った。キースのしかめ面が見えた気がして、フィオは指を二本立てた手を振ってみせる。

 しかしその時、赤茶色の翼竜科が前に割り込んできた。マティ・ヴェヒター。ジンのギョロメだ。


「ちっ! まずい……!」


 フィオは前方で揺れる金のみつあみをにらみつける。ここで抜いておきたかった。この先は狭く入り組んだ、


『坑道です! 右折ライトトゥ下降ダウン左折レフト! トゥ進路レーン十時方向テン!』


ジョットの指示が矢継ぎ早に届く。

 黄金宮殿裏にそびえるカスカ・タルタル山脈の坑道へ、フィオはジンを追って飛び込んだ。

 中は明るい。現役の坑道よりずっと発光石を設置してある。しかし狭さは変わらず、複雑に曲がった道がドラゴンの羽ばたきを阻んだ。

 入ってまもなく見えてきた十字路を、フィオは指示通り右へ曲がる。その先の階段は左に角度をつけて下降。するとトロッコの駅か、細長く広い場所に出た。

 十時の方向へ、あらかじめ舵を切っていたお陰でなめらかに旋回できる。

 ドラゴン一頭分――約十メートル先を行くジンが、広場の奥にある角を曲がった。


右折ライトトゥ進路レーン二時方向ツー! トゥ上昇アップ!』

「くっ。急旋回が多くて距離が縮まらない……!」


 すぐそこに見えるというのに、捉えられないジンの背中に、フィオは奥歯を噛む。

 狭く複雑な場面で有利なのは翼竜科だ。細い体は小回りが利いて、脚と一体化した翼は柔軟に対応できる。


「坑道を出た最後の直線。そこで仕かけなきゃ……!」


 ふたつ目のトロッコ駅に出る。直線につづく道には惑わされず、ナビの通り二時方向へ旋回する。その先は二手に分かれ、階段と直進の道になっていた。

 ジョットの指示は上昇アップ。階段を駆け上がっていく。


『フィオさん』


 単純な曲がり角をこなした時、イヤリングからジョットの静かな声に呼ばれた。追いつくどころか、やや広げられた差に焦り、フィオは応える余裕がない。


『フィオさん俺を信じてください』

「え?」

トゥ右折ライト。その先は出口まで直線です。でも曲がったらすぐ上昇してください』


 直線なのに上昇?


「なにを言ってるの!?」

『いいから! お願いです! 信じて上昇してください!』

「直線で余計な動きしたら、もっと差をつけられるでしょ!」


 右に曲がるべき角が見えてきた。その先はフィオも事前に地図を確認して知っている。出口まで少し長い直線だ。

 どう考えても、水平に突っ切るのが最短に違いない。


『フィオさん!』


 フィオは戸惑いながら体を倒して右へ旋回した。案の定まっすぐな道がつづいている。が、その上に平行してもう一本道があった。

 坑道を掘る際の通気孔か、翼を持つドラゴン専用通路なのか。

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