89 瞬き厳禁!エルドラドレース②

下降ダウン右折ライト!』


 ジョットの声が飛ぶ。その指示通り競技場コロセウムの門から外へ抜けたドラゴンたちが、次々と崖下へ姿を消していった。

 フィオもつづいて、頭を垂直に下へ向け一気に降下していく。二ノ岳の荒々しい岩肌を舐めるように、鉱山に向かっていくつも渡された橋の間を突っ切る。

 次の進行方向は確かに右だが、フィオはあえて大きく舵を切らなかった。高度制限を示す発光石が赤から青になるまで、ひたすら落ちていく。

 やがてシャルルは谷底に立ち込める霧に入った。周囲のライダーたちの輪郭がぼやけ、蜃気楼しんきろうのように見え隠れする。

 するとあたりから悲鳴が響きはじめた。


「もうすぐ底だ。シャルル、警戒して。わっ!?」


 突然、霧の中から切り立った岩が出てきて、フィオの米神すれすれを通り過ぎる。


『フィオさん!? だいじょうぶですか!?』

「平気! 思ったより近かっただけ」


 フィオはすばやく高度制限ランプが青になっていることを確かめ、ハンドルを引く。シャルルは翼をぴんと張り、押しつけた空気の層を使ってなめらかに水平飛行へ転じた。

 翼の下で渦を巻いた風がせつな、霧を払って谷底をフィオに見せる。針のように尖った石柱がいくつも突き出し、来る者を拒むかのような景色がつづいていた。

 無闇に進路を変えなかったのはこのためだ。


『先頭はジン・ゴールドラッシュ! まだ谷にいます! フィオさんは十四位。先頭集団の後ろにつけてますよ!』

「了解! 上昇地点の橋はここからじゃ見えない。合図は少年に任せた! 岩の回避指示ちょうだい!」

『はい! 進路レーン一時方向ワントゥ右折ライト左折レフト左折レフト


 聞こえてくる指示に耳を澄まし、フィオはシャルルの頭を右へ微調整する。そしてもやから不意打ちで現れる岩石群を、ジョットの言う通りにかわしていった。

 すると前ふたりのライダーに追いつく。彼らは互いに一歩もゆずらず、岩の間を重なるようにして飛んでいた。フィオの入る隙はなく、追い越せそうにない。


「いや、右側のライダー動きが遅れてる」


 相手を抜くことに躍起になっているのか、岩を避ける動作が鈍い。フィオはその小さなゆるみを狙い、ひと息にシャルルを割り込ませた。

 驚いた右側のライダーは体勢を崩して失速する。しかし競り合っていたライダーが、標的をフィオに変えてドラゴンに体当たりさせた。

 岩に押しつけられそうになるところを、シャルルはなんとか耐える。


『フィオさん右折ライト! 次は右折ライトです!』


 ジョットの指示が聞こえてすぐ、目の前に岩が現れた。左側にいるライダーは、フィオを弾き飛ばして進路を確保しようとするに違いない。

 フィオはにやりと笑い、ハンドルを両手で掴んだ。思った通り、相手は勢いをつけて接近してくる。


「はいはい、ごめんね!」


 相手ドラゴンの翼が迫った瞬間、シャルルはその上を寝転がるように身をひるがえした。上下ですれ違うフィオとライダーの視線が、せつな交差する。

 シャルルにぶつけようとした勢いは殺すことができず、相手は大きく進路から外れた。その隙間にフィオが収まり、一糸乱れぬ翼捌きで置き去りにする。


『今だ! 上昇アップ上昇アップ上昇アップ!』


 フィオからは白い霧の天井しか見えなかったが、ナビの言葉を信じて頭を上げる。空を叩きつけ飛び上がったシャルルは、もやを切り裂き光の世界へ舞い戻った。

 上昇地点となっている橋が、すぐ脇を通り抜けていく。フィオは思わず口笛を吹いた。

 針の穴に通すような絶妙な指示。少年もなかなかやる。


『現在十位! 前にいるのは二位集団。その先にジンとキースがいます!』

「へえ。キースが二位? やるじゃん」

『先頭がジャマー突入!』

「ここでまとめて仕留める!」


 ドルベガの街を一気に駆け登りながら、フィオはライフルに手をかける。

 眼下の街並みはいつにも増して煌びやかだった。通りには出店のテントが並び、音楽が妙にたわんで流れ、あっという間に聞こえなくなる。

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