88 瞬き厳禁!エルドラドレース①

『王者ハーディ・ジョー選手、パピヨン・ガルシア選手が本レースを見送った今、最も有力な選手ですね。他にも注目してる方はいますか?』

『ヒュゼッペで上位には入らなかったんですけど、すげえ経歴の人がいるんですよね。ランティス・ヒルトップ選手。みなさんも新聞なんかで名前見たことあるんじゃないスか? あとは、前回レースをおもしろくしてくれたフィオ――』

『あっと。まもなくエルドラド議長より開催のあいさつがはじまるようです。それではお聞きください』


 実況が解説の話を遮ったとたん、イヤリング型伝心石からジョットの喚き散らす声が響いた。


『くおらあっ! このヘボ実況者! 今絶対フィオさんって言おうとしただろ! 遮んじゃねえ! 議長よりフィオさんが優先だろが!』

「しょーねん。迷惑ファンだと思われる前に黙って。解説なんてあんなものだから」


 たしなめつつもフィオの口端には笑みが浮かぶ。議長の話が終わればレース開始だ。

 フィオはシャルルの首をなでていた手を止める。相棒は賢く察して体を低くし、角を差し出した。


「んっ」


 だが跨がろうとした時、足のつけ根に鈍痛が起きる。この頃はひと晩休んでも、痛みが取れにくくなっていた。まだ動きに支障が出るほどではないが、確実に悪化している予感に胸がざわめく。

 いつまで飛べるんだろう。そんなことは考えたくない。


『フィオさん、今回の俺はひと味違いますからね。大船に乗ったつもりでいてください』


 ナビ席にいるジョットからは、フィオの様子が見えていないようだ。心配げなシャルルに「しーっ」と指を立て、フィオは笑みを作る。


「あんなに練習したもんね。私たちの連携、みんなに見せつけよう」


 えへへ、とうれしそうな少年の声が耳をくすぐる。本当は大船なんてまだ三年は早いと言いたいところだが、本番前に気分を下げることもない。


「へい。そこにスレンダーな美女。レース終わったら、俺と楽しい一夜を過ごさないか?」


 そこへ聞き覚えのある声がして、フィオは顔をしかめた。これも気持ちを高める一環なのかもしれないが、よくもまあ懲りもせず声をかけるものである。

 無視しようか悩んでいると、肩を掴まれ振り向かされた。


「きみに捧げたいんだ。俺の勝利の美酒――」

「結構。捧げられなくたって、自分で勝ち取るから。あなたはひとりで安酒でも飲んでれば。ジン?」

「は? おまっ、フィオ!? 嘘だろ……!」


 一気に酔いから覚めたような顔して、ジンは大きく飛びのく。見開かれた若葉の目が、フィオの頭からつま先までを忙しなく往復した。

 フィオは堂々と細腰に手をあて、おさげ髪を払ってみせる。今朝の体重はぴったり五十キロ。最盛期にはあと二歩及ばずだったが、十分に絞りきれた。今のフィオを見てデブだの、ボア・ファングの親玉だの言える人間はいない。


「なに? 熱く見つめちゃって。どうかした?」

『フィオさん! その華奢きゃしゃ萌え体型でエロい声出さないで! 俺の鼓膜が持ちません!』


 遠くでさえずるジョットをあしらっていると、ジンはようやくフィオから視線を外した。うつむいたかと思うと、そのままきびすを返そうとする。


「ジン?」

「う、うるせえ。なんでもねえよ」


 結局ジンは斜め後ろのスタート位置に戻り、さっさとギョロメに乗り込んだ。彼らしくない態度にシャルルと顔を見合わせていると、エルドラド議長の話が終わる。

 フィオもすぐシャルルに跨がった。

 六万人の観客が固唾かたずを呑んで見守る中、スタートランプが点灯する。抽選で決まったスタート位置は中間から前寄り。運もまずまずだ。

 ライフルのストラップを微調整し、フィオはハンドルを強く握り込む。

 次の瞬間、最後のランプが青く点灯し、ドラゴンたちは一斉に羽ばたいた。


「やっぱ速っ」


 直後、マティ・ヴェヒターがシャルルの頭を越えて抜かしていく。フィオも出遅れたわけではないが、翼竜科の身軽な滑り出しには敵わない。

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