91 ペナルティショット

 ジンは上の道には目もくれず突き進んだ。当然だ。上昇した分だけ距離と時間がかかる。


『ねえ勝つんでしょ!? ロードスターになるんでしょ!? 俺も同じ夢を見てるんです! フィオさんをなにがなんでも勝たせてみせる!』


 フィオはハンドルをぎゅっと握り締めた。


「シャルル! 上昇!」


 体を反らし、シャルルは鋭く羽音を響かせながら上の道へ進入した。また少し開いただろう差を埋めるため、フィオは這いつくばって空気抵抗を減らす。

 そこへ聞こえてきたジョットの指示は、不思議なものだった。


『三十メートル先に穴! 下が見えるはずです!』

「穴? まさか」


 急いでライフルを手に取り、フィオは太もものサイドバッグから染料弾を出す。手早く弾を込めると、取っ手を前に押して装填した。

 そうしている間にジョットが言う“穴”が見えてくる。正しくは天板が落下してできた吹き抜け空間だった。フィオはライフルを構えて目を凝らす。


「……いた」


 ジンだ。ドラゴン二頭分まえ下方かほうを飛んでいる。後ろを警戒する素振りは見せるが、頭上は気にしていない。

 前方、左右後方、そして下方はドラゴンの守備範囲だ。たとえ真後ろから狙われても、瞬時に上下左右へ逃れる。弾が当たったとしても、無効となるドラゴンの体に阻まれて終わりだ。

 しかし上からならライダーを狙いやすい。加えて空の王者ドラゴンは、自分よりも上をいく生物がいないだけに、上方からの攻撃には弱かった。

 フィオは照星を金髪に定めて、引き鉄に指をかける。

 狙えるのは一度きり。気づかれてから当たることはまずない。それに狙撃姿勢は空気抵抗が強く、その間は失速してしまう。


『当たれえーっ!』


 ジョットの叫び声を合図に、フィオは勝負の弾丸を放った。その瞬間、ジンが弾かれるように顔を上げて目を剥く。みつあみが鋭く揺れて、的が深く沈み込んだ。

 パッと散り咲く桃色の染料。それは狙いからずれたものの、ジンの米神を染めていた。


『ぺ、ぺ、ペナルティショットだあああっ! フィオ・ベネット選手の放った染料弾が、ジン・ゴールドラッシュ選手の頭部に命中! ペナルティタイムが二秒加算されます! なんということでしょう! このロードスター杯で! ペナルティショットが! しかも頭部に当たったことがかつてありましたでしょうか!? 信じられません……っ!』

『いやあ、これは。はははは……ちょっと言葉出てこないですね。マジで?』


 坑道内に仕込んだ水鏡石すいきょうせきで目撃したのだろう、実況と解説、そして観客のどよめきが響き渡る。

 それを掻き消すように、ギョロメの怒り狂った咆哮がこだました。


「くそがっ! おいっ、ギョロメ落ち着け! ただの染料弾だ!」


 相棒の人間が狙われ、ギョロメは極度の興奮状態だ。激しく頭を振り乱し、暴れるギョロメの上でジンは姿勢を崩す。

 その脇をフィオとシャルルは颯爽さっそうと駆け抜けた。


「ザアーッコ!」


 笑われようと、何度無理だと吐き捨てられようと、やめられない。魂がこれだと叫ぶ唯一の存在理由。


『ゴオオオルッ! フィオ・ベネット選手、怪我からの完全復活! ペナルティショットを決めるという前代未聞の偉業を成し遂げての堂々一位です! 今日ドラゴンレースの歴史に新たなる一ページが刻まれました。我々と六万人の観客がその目撃者です。彼女こそ間違いなく、歴代最高の狙撃手! 竜騎士の祖チェイスの生まれ変わりなのでしょうか……!』


 あの日の孤独も喪失も、痛みも挫折も。

 すべてはこの一瞬のために。

 ロードスター杯エルドラドレース順位結果。

 一位フィオ・ベネット。二位キース・カーター。三位ランティス・ヒルトップ。四位ダ・モルブブ(ペナルティタイムによる順位くり上げ)。

 以上、新たな四名が最終レースへ一歩駒を進めた。

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