58 終幕③

 つんとそっぽを向き、フィオは聞こえないふりをした。

 外野になんと言われようと止まる気はない。大人しくしていれば、痛みは悪化しないという保証もないのだから。本当に使いものにならなくなる前に、使いきったほうが利口だ。

 ふと妙案を思いついて、フィオはにやりと表情を一変させる。身を乗り出してキースに耳打ちした。


「キースが私のナビに復帰するって言えば、少年は諦めるかもよ?」


 義兄はヴィオラを見た。彼女の立場を案じていると察して、畳みかける。


「なんなら三人で組むっていうのはどう? ナビの変更は禁止されてないんだし」

「俺がライダー、お前がナビなら呑んでやる」

「それじゃ意味がない!」


 フィオは思わずテーブルを叩きつけた。驚くジョットや周囲の目も視界に入らず、声を荒げる。


「私は飛びつづけなきゃいけないの!」

「そんなことない。フィオ、オリバーさんはちゃんと――」


 キースの口から実父の名前が出た瞬間、全身を怖気おぞけが走った。弾かれるように席を立つ。

 ヴィオラが労るような目で見ている。その眼差しに苛立ちが増して、髪を乱雑にほどきながら歩き出した。


「フィオさん?」


 引き止めたジョットの声は弱々しかった。不安げな幼顔を見たとたん、感情が急速に冷え固まっていく。

 ひかえめに袖を掴んだ未熟な手から、ぬくもりが流れてくるようだった。


「ごめん。だいじょうぶ。少年、明後日には飛ぶからね。荷造りしておいて。……私はシャルルのお肉買ってくる」


 目的を告げてようやく、ジョットの手が離れる。ひな竜が親を追いかけるような忠誠心を感じて、フィオはあり得ないと打ち消した。

 ましてやそのことに安堵を覚えるなんて、大人失格だ。

 踏み出した足は未だレースの熱を帯び、ズキズキとフィオを責めた。

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