57 終幕②

「やあね、フィオったら。注文間違えちゃって。しょうがないから私が頼み直してあげるわ」

「え? あってるよ、それで。五種の春野菜ピザだからサラダでしょ」

「『だから』の先がおかしいのよねえ」

「無駄だ、ヴィオラ。レース直後のこいつの食欲は、誰にも止められない」


 盛大なため息をつくヴィオラとキースを尻目に、フィオはうきうきと自称サラダにかぶりついた。


「フィオさんまたそんな……。太りますよ? それにお金もないんですから」

「いーの! レースの日の夕飯はなに食べても許されるの! お金はほら、ここに五位様がいらっしゃるから」


 ジョットの呆れた視線からピザのようなサラダを隠しつつ、フィオはキースにすり寄るまねをする。


「俺は払わないぞ。五位の賞金なんてたった十万ペトだからな」

「十万もらえればいいじゃん! 私なんか三万だよ!? 六十万も借金あるのにやってられないよ」


 フィオは無料の水を一気に飲み干して、テーブルに叩きつける。

 半年分の〈どろんこブーツ亭〉宿泊費と足の治療費、併せて一二〇万ペトを、カーター夫妻に立て替えてもらっている。フィオはもちろん全額返すつもりでいたが、義父ノワールは断った。家族なんだから当然だ、と。

 そう言われると弱かったが、フィオの気も収まらない。話は折半することで落着した。

 しかし自分で言い出したこととは言え、ただでさえ厳しかった財政が、大きく赤字へ転落してしまった。

 もう飲まずにいられない。その金もない。


「だから節約しましょうって」


 ミックスフライ定食をつつきつつ、ジョットが苦言を呈する。


「するけど、そんなのは明日でいいの。なに少年。もしかしてそれで日替わり定食選んだの。ダメダメ。育ち盛りは食べなさい。おねーさーん! むちミルクアイスひとつ追加ー!」

「で、なんでそこでアイスなわけ?」


 ヴィオラが怪訝けげんに眉をひそめる。しかし隣のジョットは合点がいったように、いたずらっぽく目を細めた。


「俺まだレース問題に答えてませんけど?」

「はじめてで、あれだけナビできたら百点満点でしょ」

「ふふっ。フィオさん大好き」


 無垢な笑みと声だったが、フィオは思わずドキリとした。つい目で周囲を確認してしまう。

 ライダーとナビは厚い信頼で結ばれ、ともに過ごす時間が長い。異性と組んでいると、どうしても恋仲だと思われがちだ。

 そこそこの知名度であるフィオのナビに、どれだけの人が注目したか知れないが、やはりジョットと長くいるのはお互いによくない。

 ヴィオラも似たようなことを考えたのか、気遣わしげな目をジョットに向けた。


「ジョットくん、だったわよね。シャンディ諸島国から来たってキースに聞いたけど、帰りはどうするの?」

「旅費は取ってありますから、だいじょうぶです。でも……」

「私がノルモ入江まで送るよ。そしたらドラゴン便に乗れるくらい旅費が浮くだろうから、リルプチ島までひとっ飛び」

「そうね。フィオが送るなら安心だわ。ノルモ入江だと往復二週間ってところかしら。一ヶ月後のエルドラドレースにも間に合いそうね。まあ、私たちには間に合わないほうが好都合だけれど」

「あのねえっ、間に合わせますってば!」

「あの! 話を聞いてくれませんか!?」


 意地悪く笑うヴィオラに、フィオがむすりと顔をしかめた時だった。四人で囲むテーブルに、ジョットの声が響く。

 見れば少年は、服をきつく握り締めて、すがるような目をしていた。


「俺、フィオさんといっしょにエルドラドに行きたいです。今日ゴールして、シャルルと喜び合うフィオさん見たら、もっと応援したくなりました。ナビも完璧にできたわけじゃないし、もっと練習してフィオさんの力になりたいんです……!」

「ダメだ」


 真っ先に口を開いたのはキースだった。口元を紙ナプキンで拭った彼は、厳しい目をジョットに向ける。


「お前のその声援が、フィオを調子に乗らせるんだ。当たり前のように言ってるが、俺はエルドラドに行くなんて許さないからな。フィオ」

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