56 終幕①

 動きが鈍くなった隙に、シャルルはそれをパクリとくわえ、一切速度を落とすことなく障壁区画ジャマーゾーンを通過した。

 どよめきが起こる競技場コロセウムへ、フィオは一目散に飛び込んでいく。


『ゴオオオルッ! フィオ・ベネット選手とシャルル、怪我をみじんも感じさせない狙撃と飛行術! 障壁区画ジャマーゾーンで十五人を抜き去り、八位入賞です! ヒュゼッペレースでは過去二回、優勝経験のある彼女としては、完全復活とまでは言えない結果でしょうが。スカイさん、期待できますよね』

『いやあー。激アツでしたね今の狙撃。彼女のようなライダーがいるから、レースがおもしろくなるんスよねえ。今後も期待です』


 実況と解説は、早くも次にゴールした選手へ話題を変える。興奮する観客たちは、一位のハーディ・ジョー、そして二位のパピヨン・ガルシアに夢中だ。

 彼らへ花束が投げ込まれる中、フィオは跳ねるように飛び回るシャルルの背中で、子どものように笑っていた。


「わかる、わかるよシャルル! 私もうれしい! 楽しい! あなたと飛ぶ空がなによりも大好き!」

「フィオさん……」


 いつまでもくるくると舞うフィオとシャルルを見上げて、ジョットは拳で涙を拭った。

 ロードスター杯ヒュゼッペレース順位結果。

 一位ハーディ・ジョー。二位パピヨン・ガルシア。三位ジン・ゴールドラッシュ。四位サントス・マルチネス。以上、四名が最終レースへと王手をかけた。




「いっただきまーす!」


 パチンと手を合わせ、フィオはフォークを掴む。ぐつぐつとチーズが踊るグラタンに深く差し込み、厚い断層をすくい上げた。とろとろのチーズが白滝のように滴る。断面にはマカロニの宝石が輝き、ごろごろとしたミートソースがあふれ出す。

 ここの店はひき肉の粒が粗いことが売りだ。お陰で肉をがっつり感じられる。

 息を吹きかけよく冷ましてから、止まらないつばといっしょに飲み込んだ。

 あつい。まだ早かったか。はふはふと息を弾ませる。

 ソースに使われたトマトの酸味、そしてタマネギの甘みが舌に広がる。中でも存在感を放つ粗ひき肉を噛めば噛むほど、旨味の凝縮された脂が行き渡り、全体を至高の状態へ整える。

 そしてぷりぷりのマカロニ。これに使われているのはむち麦だ。スッと通るなめらかな歯触り。しかし押し潰したとたんに、やさしく包まれる弾力性。口内で折り重なるごとに、絶妙なむちむち感が高まっていく。

 咀しゃくが止められない。

 さて、絶品の主菜は、一流の副菜があってこそ輝きを増すもの。

 フィオは新たなフォークを手に、黄金の海原へ向かう。美しい流線を描くは、太めのむち麦パスタだ。むちむちめんにむちクリームソースをたっぷり絡ませ、追い粉むちーズを余念なく振りかける。

 もはや団子状のそれを一気に口へ――。


「ちょっ、フィオさん! 炭水化物のおかずに炭水化物食べちゃダメですよ!」

「あむっ!」

「あー!? 食べたー! しかもそんなチーズまみれのものを……!」

「むふふふっ。めっまもうもうむうう、おむうい」

「なに言ってるかわかりませんよ!」

「『めっちゃもちもちしてて、おいしい』だそうだ」

「あ?」


 しれっと通訳した人物を、ジョットは半眼でにらむ。しかしキースは涼しい顔して、ステーキをていねいに切り分けていた。


「なんだ今の。長年のコンビ感見せつけたつもりか? え? あんたがどう足掻こうとな、もう過去の男なんだよ! 今ナビの座は俺のもんだあ!」

「フィオ。ジョットの育て方間違えてるぞ」

「わかってる。てか、私に言わないでよ」

「あら? ピザが届いたわよ。でもみんなもう料理届いてるわよね」


 店員からピザを受け取ったヴィオラは、テーブルを見回して首をひねる。


「はいはい! それ私のサラダー!」


 元気よく挙手したフィオと、二人前はあろうピザをヴィオラは二度見した。

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