05 いちばんぼし①

 その時、黒いドラゴンの咆哮が場をつんざいた。翼を大きく羽ばたかせ、砂塵さじんを父に叩きつける。

 ジョットはやわらかい胸に抱き締められていた。少し息苦しいほどだったけれど、ちっとも嫌じゃない。飛び跳ねたいような気持ちに、心が満たされる。


「あなたに親になる資格はない! この子は私が預かる!」

「え、お嬢ちゃん。待っ――」


 島民が手を伸ばした時には、黒いドラゴンは身をひるがえして海へと飛び去っていった。




「私の名前はフィオ。フィオ・ベネットだよ」

「おれ、ジョット・ウォーレス」

「ちゃんと自分の名前言えて偉いね」


 フィオはほど近い島へ渡る間に、自分のことをいろいろ話してくれた。


「私はね、今ロードスター杯っていうドラゴンレースに出るために、世界中を飛び回っているの。レースライダーっていうんだ。あ、この子は相棒のシャルル。甘えん坊だけど、とってもいい子だよ」


 シャルルと呼ばれた黒いドラゴンは、長い首を反らしてジョットを見た。鼻先に触れてみると、舌を出してぺろりと舐めてくる。ジョットはきゃたきゃたと笑った。


「ジョットって今いくつ?」

「五さい。フィオおねえちゃんは?」

「私は十八。今から行く島に、キースと滞在してるの。キースは私と組んでるナビで、私のお兄ちゃんね。そこの宿のご夫婦がとってもいい人だから、ジョットのこと相談してみるね」


 相談の意味がよくわからず首をかしげる。するとフィオはまたやさしく抱き締めてくれた。

 ずっとこうしてくれたらいいのに。

 その願いが届いたように、フィオは宿に着くまでジョットを風から守ってくれた。


「レヴィ島でそんなことが……。とにかく竜騎士に通報しよう。それからええと、島主しまぬし様に男の子の保護を、っておい!?」


 宿屋〈夕凪亭〉の主人ビッケス・コリンズは、突然ジョットを抱き締めた妻ペギーに目をまるくした。しかし、どこか必死さを湛える彼女の背に気づいて、止めかけた手を下ろす。


「んうっ、やあ!」


 しばしジョットは固まっていたが、我に返るとペギーを突き飛ばした。急いでフィオの後ろに隠れる。

 小柄なせいか、ペギーは尻もちをついてしまった。それでもジョットを見つめる彼女の目は、強い慈しみを灯している。


「あなた、この子はうちで保護してあげたい」

「お前……」


 ちらりと覗いたペギーの目には涙が浮かんでいて、ジョットは胸がちくりと痛んだ。


「私は許せないよ。こんなかわいい子に……。この子にはこの先ずっと、楽しさと喜びと幸せだけを与えてやりたい!」


 ぐっと目元を拭った妻を助け起こして、ビッケスは大きなだんご鼻の顔でにかっと笑った。


「そうさな! 笑って暮らせりゃまるもうけ! 島主様に取り計らってもらえるよう相談するよ!」


 この時のジョットには知る由もなかったが、コリンズ夫妻には子どもがいなかった。何年も待ち望み、あらゆる手を尽くしても子を授かることはなかったのだ。

 そこへ現れたジョットに、ペギーは今までの苦しみの意味を見出だしていた。


「フィオおねえちゃん……?」


 話がうまく飲み込めず、ジョットは不安になってフィオを見た。

 そこへ、玄関広間にイスを引く音が響く。立ち上がったのは青髪の男性だ。腰に手をあて、赤紫色の目を細めながらフィオに近づく。

 男性が身を屈めると、長い襟足が肩にさらりと流れた。


「……放っておけなかったフィオの気持ちはわかる。けど、連れてはいけないからな」

「わかってるよ、キース」

「俺たちは大会中の根なし草だ。安定も安心も保証してやれない。この子のためにも、はっきり伝えてやれよ」


 青髪の男はフィオに耳打ちすると、二階に上がっていった。ジョットには会話の半分も聞き取れなかったが、重苦しい空気だけは感じていた。

 なんとなく急かされる思いで、フィオのホットパンツを掴む。

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