06 いちばんぼし②

「ふふっ。こっちにしようか、ジョット」


 へらりと笑って、フィオはあたたかい手に繋ぎ直してくれた。


「ちょっとお散歩しよう」


 宿に隣接する竜舍りゅうしゃからシャルルを呼んで、防風林を抜ける。その先に広がる白浜の砂を蹴って、一気に空へと飛び立った。

 太陽は遠い水平線に触れて、雲は桃色に染まる。昼と夜が混じり合った空は、ジョットが今まで見てきたどんなものよりも色鮮やかで、美しかった。


「あ、いちばん星!」


 宵の中天に浮かぶ、ひと際輝く星を見つけてジョットは指さす。


「ねえジョット。一番星の別の名前って知ってる?」

「わかんない」

「ロードスターって言うんだよ」


 どこかで聞いたな、と考え込む。


「星もね、見えないくらいゆっくりゆっくり動いてるんだよ。だけどロードスターだけは動かず、ずっと北を指し示してる。真っ暗な夜を照らす指標、みんなが憧れて、愛されるスター。私もそうなりたいんだ」

「お星さまになりたいの?」


 問いかけたとたん、フィオは噴き出して笑った。腹を抱え、シャルルの背中を叩いて身をよじらせる。するとシャルルまで、ぐるぐると声を転がした。

 バカにされたと思って、ジョットはぷくりと頬をふくらませる。


「ごめんごめんっ。そうじゃなくて、ロードスターって称号をもらえるの。ロードスター杯で優勝したレースライダーにはね。その最高栄誉をもらうことが、フィオお姉さんの夢なんです」


 そうだ、レースの名前だとジョットはようやく思い至った。どんなレースに出るのか。どんなドラゴンと競争するのか。聞きたくて体ごとフィオに向き直る。

 しかしフィオはどこか悲しそうな顔をしていた。


「だからジョットとは、ここでお別れしなきゃいけない。ロードスター杯のレースは、五大国のあちこちでおこなわれて長旅になる。ジョットには危ないと思うから……」

「フィオおねえちゃん、いっちゃうの?」

「心配しないで。ビッケスさんとペギーさんなら、きっとジョットを大切にしてくれる。この島のみんなから慕われてる人たちなんだよ」


 ジョットはうつむいて、よれた服をいじった。背中を向けた父の姿が過る。


「おれが、きらいなの……?」


 反省しろ! と貯蔵庫に押し込まれた恐怖と息苦しさが戻ってくる。


「わるい子だから?」


 次の瞬間、ジョットは強く抱き締められていた。目をぱちくりさせ、フィオを見上げる。どこまでも広がる青藍せいらんの空。そこに浮かぶ一番星よりもキラキラ瞬くきれいな瞳が、自分を映していた。


「違う! ジョットはいい子だよ! だって私もうこんなにジョットのこと大好きって思ってるんだから!」

「おれもフィオおねえちゃんすき! いっしょにいたい! やっとみつけたって思ったんだもん!」


 ジョットは小さな手でフィオにしがみついた。このぬくもりに受けとめてもらった時、ずっと探していたと思った。父と母といる時だって、これ以上の安らぎを感じたことはない。

 ずっとこうしたかったんだと魂が叫んでいる。

 求めていたのはこの場所だと本能が告げる。

 けれどジョットにはまだ、身のうちではしゃぎ回る感情の伝え方がわからなかった。


「ジョット、約束する。ロードスターになったらきっとまた会いにくるよ。約束の証にこれを持っていて」


 フィオは少し身を離して、腰のポーチから小さくて細長いものを取り出した。太陽の残り火で、青く光るそれはシャルルの角と似ている。


「これはシャルルの短角たんかくだよ。大人になって自然に取れたものの片割れ。もうひとつは私が持ってる。ほら」


 首にかけたひもを手繰り寄せて、フィオは胸元から短角を出してみせた。おそろいと知って手がゆるみかけたが、ジョットは慌ててしがみつき直す。


「角笛として加工してあるんだ。風が吹くだけでもいい音が鳴るよ」


 フィオは手を伸ばして、角笛を風にさらした。すると弦音つるねのような音が、中で反響し合い広がっていく。

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