04 いえで②

「少し叱りつけただけです! 教育ですよ、教育! それを大げさに嫌がってるだけなんだ。今息子はなんでも嫌がる時期で!」

「それにしてもすごい悲鳴だったような」

「う、うるさい!」


 疑念の目を向ける島民たちを、父は大声で蹴散らす。


「あなた、もう行きましょ。不愉快だわ」


 母にうながされ、父は軽くあごをしゃくる。するとノッテ・イェガーが、黒いドラゴンに向かって飛びかかった。どよめく人集りの中から、黒いドラゴンはひらりと宙へ逃れる。

 その隙に母のクルーク・シャイがお姉さんを脅かし、離れてしまったジョットは再び父に腕を掴まれた。


「待って! 話はまだ終わってないです!」


 しかし小竜をかわしたお姉さんが、ジョットの服を掴んで引き止める。


「おい、あれ……」


 袖から覗いた細い子どもの腕に、島民は目を見張った。そこには無数の赤や紫のアザが広がっている。


「あんた、そのアザはどういうことだ」


 島民のひとりが声を上げ、父に詰め寄る。周囲の人々もそれにつづき、両親を囲む輪はどんどん小さくなっていく。

 危機を感じた両親のドラゴンは駆けつけようとしたが、島民たちのドラゴンににらまれた。

 すかさず、お姉さんはジョットを抱える。黒いドラゴンを呼び寄せ、ふわりと空に避難した。

 眼下から父と母の言い訳が響いてくる。


「あれは遊んでてついたものです!」

「そうです。ジョットは少しドジなところがあって……!」

「遊んでただけであんなアザだらけになるか!」

「そうよ! しかもそのアザを放置してるってどういうつもり!? あり得ないわ!」


 ふいに、ジョットの耳があたたかいものに包まれる。目を向けると、お姉さんが寂しそうに微笑んでいた。

 耳を覆う理由も、その表情の意味もわからない。けれど、ジョットはぬくもりがうれしくて、自分の小さな手を重ねた。


「うちの教育に他人からケチをつけられるいわれはないわ!」

「これ以上変な言いがかりをするなら、竜騎士を呼ぶぞ! おいジョット!」


 お姉さんの手がおずおずと離れ、父の叫ぶ声が聞こえる。


「帰るぞ! 降りてこい!」

「やだ!」


 すんなりと言葉が出てきたことに、ジョット自身も驚いた。

 地上にいる父と母は、見たことないくらい小さい。どんなに飛び跳ねたって、ジョットに手が届くはずもなかった。


「おれは家出するんだ! もう家にはかえらないんだ!」


 黒い翼が連れていってくれた空には、気持ちのいい風が吹いていた。


「ぶってくるパパも、イライラしてるママも大っきらい!」


 冷たい視線が両親に集まる。

 父は唇を噛んで、怒りの形相でジョットをにらみ上げた。母は信じられないといった眼差しですがってくる。

 やがて父がドラゴンのようにうなった。


「わかった。もういい。お前はもう俺の子でもなんでもない」

「あなた……!」


 動揺する母の手を掴んで、父はきびすを返す。竜脚科ノッテ・イェガーが、人垣を掻き分けて押し入ってきた。父はさっさとその背に母を乗せる。


「ジョット……」


 切なく自分を呼ぶ母の声に、ジョットの体は震えた。

 今になって、悪いことを言ってしまったんだと、腹の底が冷えた。突然、ひとりぼっちにされる恐怖から、なにかを口走りそうになる。

 けれど、込み上げてくる衝動を、ジョットは突き立てた歯で噛み殺した。


「お前もあいつのことは忘れろ。いいな」

「待ってください!」


 母に言い聞かせ、ドラゴンに跨がって去ろうとする父の前に、お姉さんが回り込む。


「それだけですか。謝って反省して、今度こそいい親になろうとしないんですか。それが親の責任でしょ!?」

「めんどくせえなあ」


 ハッと息を詰めたお姉さんは、もう一度ジョットの耳を塞いだ。


「ずっと目障りだと思ってた。泣くし喚くし、役に立たねえくせにメシはちゃっかり食う。元々作る予定はなかったんだ。そんなガキ、いらな――」

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