137 看病②
「そりゃフィオさんよりキマッてる人はいませんけど。もしかしてあれで隠してるつもりでした?」
水差しを掴んだ手元が狂い、コップから水がこぼれてしまった。雑に手で拭って、薬袋を持ちジョットをにらむ。
「うるさい。今は私よりあなたのほうが重傷なんだからね。ほら、痛み止めを大人しく飲む」
コップを突き出すと、ジョットは不満顔を下げながらも受け取った。フィオは錠剤をひと粒、手のひらに出してあげて目で催促する。
「……つまり、薬を飲まなきゃならないくらい、足が悪化してるってことですよね」
図星だ。フィオが怯んでいる間に、ジョットは薬をあおった。口元に伝った水を拭って、恨めしげに見上げてくる。
「あなたの考えてること、だいたいわかりますよ。俺に気負わせたくないんでしょ。でも俺はそんなの嫌です。だって仲間じゃないですか。俺とフィオさんとシャルルは、三人でひとつです。のけ者にしないで、なんでも教えてください」
そう言われるとフィオは弱かった。確かにナビがライダーの体調を把握していないのは、レース戦略を立てる上で支障が出る。ジョットの前で格好をつけようとするのは、フィオの悪い癖だ。
素直に謝ろうとして、ハタと思い至る。妙に鋭い彼の情報源は、なにも人間とは限らない。
「のけ者にしてるのはどっちかな、ジョットくん。シャルルからいろいろ聞き出してるでしょ」
「え。あー、まあ、当たらずも遠からずと言いますか」
「ほらね。おあいこじゃん」
「で、でも、シャルル相手にだって普通の会話のようにはいきません! なにより俺は、フィオさんから聞きたいんですよ!」
コンッコンッ。
そこへ扉がノックされる。頼んでいたものが来た。フィオは「はいはい」とジョットをあしらいながら、扉を開けた。
案の定、先ほど用事を頼んだメイドが、水の張った桶とタオルを抱えている。フィオは礼を言ってそれらを受け取り、またジョットの元へ戻った。
「そういえばさ。ジョットくんの交信能力って、誰かに移ったりしない?」
桶に張った水の温度を確かめる。人肌くらいの温かさ。注文通りだ。
「移るとかそういうものじゃないと思いますよ。俺もよく知りませんけど。って、なに持ってるんですか」
「ん? タオル」
水差しやコップはローテーブルに移し、空いたナイトテーブルに桶を置く。水しぶきを立てないよう、タオルをていねいにぬるま湯に浸した。
「それは見ればわかります。そのタオルでなにするつもりかってことです」
「もちろん、ジョットくんの体を拭くつもりだってことです」
ギシリ。錆びた音でも聞こえてきそうなくらいジョットが固まる。なにか変なこと言ったかしら? と首をひねりつつ、フィオは上かけをひと思いにめくった。
片足をベッドに乗り上げ、昨日着替えさせた夜着のボタンに手をかける。その瞬間、ジョットに勢いよく止められた。
「はしたないですよフィオさん……っ!」
「はははは。それはきみの頭だと言ってやろう、思春期くん。これは単なる看病の一環。そしてフィオさんのやさしさだ。この暑さでシャワーも浴びれず、さぞ不快だろう。熟睡するためにも、体はきれいにしたほうがいい」
「マジでやめろください! 俺たちにはまだ早いです! こういうのはまずお互いの両親にあいさつして認めてもらい、海の見える丘で挙式して、静かだけど豊かな街の外れに建てた新居でふたりきりの時に……!」
「妄想がすでに具体的過ぎるのよねー」
ジョットが触れられることが苦手なのはわかっている。けれど、フィオの手を必死に押さえている姿を見ていると、いたずら心が湧いてきた。
足で床を蹴って体重をかけ、思いきって小柄な体を押し倒す。ぱちくりと瞬いたひなた色の目に、自分の影が映り込む様を堪能した。
「ジョットくんはなにもしなくていいから。フィオお姉さんがやさしくしてあげる」
「あーッ! 対等でいたいけどフィオさんのお姉さん面もハチャメチャ捨てがたい複雑な男心おおおっ!」
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