166 運命なんかじゃない①

「そう心配なさらないで。ジョットはわたくしが守ってみせますわ。そしてゆくゆくは、ふたりでレヴィ島をさらに発展させますのよ。五大国で一番豊かで美しい国に!」


 ピュエルの言葉にフィオは殴りつけられた。

 この令嬢にはフィオと違って満足に動く手足がある。約束された輝かしい未来がある。もし途中で不幸が起きようと、難なく乗り越えられる金も人脈もある。

 彼女に託せば間違いはない。

 幸せそうに笑うジョットを思い描いて、フィオはそっとまぶたを閉じた。


「ピュエル。ジョットくんのこと、どうかよろ――」

「待てよピュエル! 俺抜きで話を進めんな!」


 その時、扉を勢いよく開けてジョットが部屋に踏み込んできた。


「きゃあっ、ジョット! 待ちきれずわたくしに会いにきてくれたんですの!? わたくしも会いたかったですわー!」


 ピュエルはエクセレから降りて、ジョットの首に抱きつく。その勢いに押されたものの、ジョットの自然な様子にフィオは気づいてしまった。

 肩が震えていない。離れさせようとする手には、しっかりと力が入っている。なにより金の目が、怯えも迷いもなくピュエルを映していた。

 マドレーヌと同じだ。ピュエルの言うことに嘘も誇張もない。


「おいっ、離れろよ! フィオさんの前で――フィオさん? どうしました。顔色が」


 片腕にピュエルをぶら下げたまま、ジョットが気遣わしげに覗き込んでくる。頬に触れようとする彼に、フィオも手を伸ばした。とたん、傷ついた指先はびくりと震える。


――思いだけじゃどうにもならないことだってある。


 そう言ったのは誰だっけ?

 ああ、なんだ。私か。


「ピュエル、フィオさんとふたりきりにしてくれ」

「ジョット? あなたまだ無理するつもりですの?」

「これは俺とフィオさんの問題だ。頼むから今日は帰ってくれ」


 ピュエルは不満そうに唇を結び、フィオをキッとにらみつけた。まるで邪魔者はそっちだと言いたげだ。だったら消えてあげようかと思ったが、見越していたようにジョットに手を掴まれている。

 そう言えば比喩ひゆでもなく、彼とは繋がっていたのだった。

 やがてピュエルは、ふたりの従者をつれて帰っていった。不機嫌もあらわに、エクセレが噴き出していった白霧はくぶが、陰鬱いんうつな部屋の空気を増長させる。

 ジョットは窓を全開にして、潮風を取り入れた。太陽はまだあまねく空を照らし、一番星を隠している。


「俺からシャンディまでって言い出しといて、駄々こねるのはかっこ悪いと思ってましたけど、言わせてください。俺の気持ちは今も変わってません! ロードスターになるまでフィオさんを支えたい! 叶うなら恋人としても!」

「……なに言ってるの。あなたにはかわいくて立派な婚約者がいるじゃん」

「だから、逃げだと思いましたか。逃がせると安心しましたか。あの手紙を読んで」


 思いがけない言葉に目を起こすと、存外近くにジョットがいた。ベッドがギシリと音を立てる。フィオを囲むようにジョットが両手をつき、下から顔を覗き込んできた。

 後ろめたさからつい、フィオは目を泳がせる。


「起きてたの」

「いえ。でもわかります、フィオさんの心。俺は婚約が嫌で逃げたんじゃない。フィオさんのことが忘れられなかったから、会いに行ったんです。フィオさんも逃げないでくれませんか。俺との不思議な繋がりの意味を、真剣に考えてください」

「意味なんて、ない。あなたの能力にあてられているだけでしょ」

「じゃあなんで、あてられてるんですか。今まで義父さんも義母さんも誰も、影響受けたことなんかないのに!」

「知らないよっ」

「俺思ったんです。俺が旅に駆り立てられるのは、相棒ドラゴンじゃなくて、あなたに呼ばれているからだって! その証拠がこの繋がりだとしたら――!」

「やめて! なんでも運命的に言わないでよ! 私はただの通りすがりで、たまたまあなたを助けただけ。その恩ならもうエルドラドで返してもらってる。私たちは……っ!」

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