50 開幕!ヒュゼッペレース④
「……ありがとうございます。シャルルの飛行、楽しみにしてます」
なにか言いたそうな少しの間を、フィオは見逃さなかった。
「足のこと、聞かないの」
ミミは驚いたように目をまるくする。だが、筆記具を持つ手を下ろして、首をゆるやかに振った。
「ここまできてそれは野暮ってものです。もちろん選手の努力や辛さを伝えることも大事ですが。私はみなさんの、ドラゴンが好きだ! レースが好きだ! ってところが大好きなんです。それをもっともっと読者に伝えるのが私の仕事です!」
「へえ。記者の中にもまともな人っているんだ」
「ちょ! この業界の印象悪いのはわかりますけどっ。ドラゴニア新聞の記者は良識ある取材を心がけてますから! 変態になるのはドラゴンに対してだけですよう!」
余計なことをミミが口走ったとたん、シャルルがサッとフィオの後ろに隠れた。この好機を待っていたとばかりに、記者が目の色を変える。
「で。さっきの少年はベネットさんの新しいナビですか? いつどうやって出会いましたか? 彼、未成年っぽいですけどおふたりのご関係は?」
「いや良識! 今言った良識ある取材はどこいった!? 会社の心構えを秒で捨てるな!」
「幸せな話はいいんですよう。みんなで分かち合えばもっと幸せになれますよ?」
「幸せとかじゃないから! あの子は知り合いの夫婦から一時的に預かってるだけ!」
言わんこっちゃない。フィオはさっそくジョットとの仲を邪推されて
ともすれば、ミミはジョットのほうへ突撃しかねない。フィオはあの子につきまとったら、竜騎士に突き出すと釘を刺した。
「レースが終わったら、なにがなんでも帰ってもらうからね」
決意を新たにした時、スタート位置に着くよう号令が高らかに鳴り響いた。
事前の抽選で決まったスタート位置に着く。シャルルは体は低くして、フィオに角を差し出した。
それを支えに背中へ乗り上がる。そしてライフルの動作やストラップの強度を確認するのが、お決まりの流れだ。
スタート位置は良くも悪くもない真ん中だった。周囲に名のある選手はいないが、油断はできない。注目の前回優勝者ハーディの姿は、前列にあった。大型のロワ種は頭ひとつ分飛び抜けている。
フィオと同じものを見たか、シャルルが鼻息を荒くした。
「よしよし、相棒。確かにロワ種は迫力満点だけど、体の大きさが速さじゃない。火を吹いて妨害するのは認められてないし、だいじょうぶだよ。ただの食いしん坊ドラゴンだ」
サイドバッグの弾丸を確かめ終わった時、キースを見つけた。三列後ろにいる。なに食わぬ顔の義兄を見てジョットを思い出したフィオは、耳の伝心石に触れた。
「準備はばっちり?」
しかしジョットから返事がない。
「おーい、少年。聞こえてる?」
『……あ、フィオさん。すみません。聞こえてます』
「もしかして退屈で寝ちゃってた? 王様の話長くてつまんないもんね」
選手紹介のあとにおこなわれていた王のあいさつを茶化し、笑う。いつもなら乗るかツッコミを入れてくるが、ジョットは黙ったままだった。
フィオはもう一度キースを見る。
「本当に無理しなくていいよ。そこで観戦してればいいから」
『違うんです。そうじゃなくてっ』
「わかったわかった。それじゃナビよろしくね」
『待ってフィオさん。ひとつだけ答えてください』
切羽詰まった様子のジョットに、フィオは無言で先をうながす。
『フィオさん、無理はしてないですよね……?』
「足? それともキースのこと? どっちも無理してないよ。足は使うと痛いけど、朝になれば治るし。キースのことなんかもう忘れた。考えるだけ時間がもったいないでしょ」
ねえシャルル? と相棒を見やる。元気よく鳴いたシャルルの首をやさしく叩いてやった。
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