259 揺れる部族②
武器を掲げ、雄叫びを上げ、飛び込む勢いで鉄格子の覆いまで押し寄せてくる。
フィオはパヴリン・テイルを引き寄せ、うなるのど元をなだめた。せっかく鎮めた気も、人間の殺気にあてられてぶり返してしまう。
「ふざけんなあああっ!」
その時、鋭い風切り音とともに、大身槍が陽光を弾いてひらめく。迷いなく振り下ろされたそれは、
チェイスはパイナップル族長の獲物をすばやく払って間合いを取る。
「俺の女には指一本触れさせねえ! あいつは岩の族長チェイスの妻、フィオだ!」
「チェイス……」
ここで自分たちの関係を明かすことは、得策ではない。それはチェイスも重々わかっている。それでもフィオを思い、かばってくれる彼に胸が熱くなる。
だが案の定、パイナップル族長は蔑みの笑みを向けた。
「女に狂わされたか、若造。邪教に毒されたお前の言葉など、もはや聞く価値もない」
「山の族長の目は節穴か」
「あ?」
「元より化石並みに頭固いジジイどもに、話し合いなんざ期待してねえ。だから見せてやっただろうが。俺たちが邪教と切り捨ててきた教えの力を。この新しい価値観の可能性を」
それまで静かに耳を傾けていた平原の族長が、ゆったりと腰を上げた。
「その教えとやらを戦術に組み、ドラゴンに勝つというのが、きみの言いたいことか?」
「違う。戦う必要はない」
きっぱりと断じて、チェイスはフィオに目を向けた。青空を映したような彼の目に、薄雲がかかっている。
フィオは無邪気を装い、パヴリン・テイルの首に抱きつく。角の生え際をくすぐって甘えさせ、すねた小竜からは甘噛みを受けた。
信じてよ。あの夜語った夢物語は、けして絵空事なんかじゃない。
「チェイス、あなたが世界に教えてあげて」
声は届かなかっただろうが、チェイスは確かに強くうなずいた。
「ドラゴンには心がある! 人間と同じように他者を思いやれる! 俺の嫁と六又ドラゴンがその証! 見ろ! 憎しみを乗り越え、痛みを分かち合い、寄り添う異種族の姿を! 四部族がひとつとなり、手を取り合った俺たちに、どうして同じことができないと言えるか!」
槍をうならせて回し、チェイスは穂先を自身の民たちに向ける。民は長に応えて席を立った。しかしその顔は戸惑いのほうが色濃い。平原と山の民に挟まれて、圧されている。
槍を担ぎ、チェイスは鉄の覆いに足をかけてふんぞり返る。
「約束したな、てめえら。この色男
「もういい!」
チェイスの頭上にハンマーを振りかざした影がぬっと迫る。すんでのところで避けたチェイスへ、山の族長は獲物を突きつけた。限られた者しか身につけることを許されない輝石の柄が、ギラギラ光る。
「貴様の
「……ああ、そうだよ。俺もそれが族長の使命だと、信じて疑わなかった」
そう言ったチェイスの次の行動に、誰もが目を見張る。どんな時も手元に置いていた槍を下げ、隅に放り投げた。「なにを」と驚く山の族長に、「俺は戦いたいわけじゃないんでね」と薄く笑う。
「山の族長、あんたが奥方殿を失ってどれだけ怒りに燃えようと、平原の族長が息子殿を殺されて悲しまれていようと、父上と兄上を死なせた俺がどれほど罪悪感に苦しもうと、未来を担う子どもたちには関係ない! どんな時代でも赤ん坊は真っ白な心で生まれてくる! ドラゴンだってそうだ。ヌシを除けば彼らも長命ではない。新しい世代が新しい価値観を作る。その可能性を、大人の俺たちが潰していいのか!?」
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