258 揺れる部族①
片手に角笛を掲げ、フィオはゆったり飛ぶよう小竜に伝える。弦音に乗せた思いは届いたか、徐々にドラゴンの呼吸が深くおだやかなものになっていく。
「おチビさん、下ろしてくれる?」
フィオの意を違えず受け取った小竜は、パヴリン・テイルの正面に舞い下りた。
「あんなところに」
「自殺行為だ」
冷ややかなざわめきを耳にしながら、フィオは動かなくなった翼竜科に歩み寄る。旋回してきた小竜が肩にとまった。いっしょにいきたいと、すり寄る小さな頭に応えて微笑む。
足の運び、指先の仕草、目の動きにいたるまで、パヴリン・テイルの視線を感じた。今フィオは試されている。
「いいよ。全部確かめて」
容易に牙が届く場所に立ち、フィオは目を閉じて身を捧げるように腕を広げた。
かすかに空気が動く。いよいよダメかと諦観が
手のひらに生ぬるい風を感じて、パヴリン・テイルがすぐそこにいるとフィオにもわかった。気配が迷うように揺れている。しきりににおいを確かめたかと思えば、強く鼻息をかけられた。
しかし、気配は唐突に遠ざかっていく。
「待って……!」
なにか機嫌を損ねたか。慌てて目を開いたその時、フィオの手にパヴリン・テイルの白い額が押しつけられた。
ぐり、と感触を味わうようにすり寄せられる。目をまるめて固まったフィオを、杏子色の目が見つめていた。
とっさに背けようとするが、ドラゴンは怒りも怯えもまとっていないことに気づく。瞳孔は丸々と満ちて、凪の水面のようにやさしい光を湛えていた。
その眼差しに導かれ、フィオからも額を寄せる。おずおずと触れ合った肌は、互いに強張って震えた。しかし次第に体温が溶け合い、恐怖と疑念はほつれ、境界がひとつに結び直されていく。
フィオは確かに、トクンと脈打つパヴリン・テイルの鼓動を感じた。
「ありがとうっ。信じてくれて……!」
あふれる思いのまま、ドラゴンの頭を抱き締める。
「ごめんね、たくさん怖い思いさせた。しっぽ、痛かったよね……。本当にごめんなさい、ごめんなさい……っ」
クルル、と高い声で気を引き、パヴリン・テイルは身じろいだ。腕をゆるめると、鼻先でフィオの足をつつく。それはびっこを引いているほうの足だった。
「やさしい子。これは古傷だから、あなたのせいじゃないよ」
ひとつ瞬いて、パヴリン・テイルは静かに言葉を受けとめたようだった。
六つの尾を下げ、翼腕をそろえて置き、後脚はしゃがむように畳んでいる。このドラゴンに敵意がないことは、誰の目にも明らかだった。
「どうなってるんだ!?」
「なぜ殺し合わない!」
「殺せ! 罪人もドラゴンも!」
やがて業を煮やした怒声が大きくなってきた時、雷鳴のような金属音が場を黙らせる。見ればパイナップル頭の族長が、ハンマーを鉄の覆いに打ちつけていた。
「この茶番はどういうことだ岩の若造!」
「どうもこうも。見ての通り、ドラゴンには理性も知性もあるようだ。接し方を間違えなければ襲われもしないとは、驚きだな」
立ち上がりながら、チェイスは
「白々しい! あの罪人の女もドラゴンも、お前が仕込んだものだろう!」
「つまり、こういうことか?」
喚くパイナップル族長とは逆隣に腰かける族長が口を開く。こちらは全身に模様を刻み、長剣を携えていた。
「岩の族長、きみはドラゴンの生態について新たな知見を得たため、処刑を通して我々に披露したと」
「平原の族長は話が早くて助かる」
「ふむ。だがこれを持ってきみがなにを言いたいのか、真意は図りかねるが」
「聞くまでもない。邪教は野放しにしていると、危険だということだ! その女を殺し、村を焼き払う!」
パイナップル族長がハンマーでフィオを指したとたん、同じように長いひげと髪を結った民たちが、一斉に立ち上がった。
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