86 レース専門用語講座②
この人のやさしさに触れる度に、もっともっとと、力になりたい欲望があふれる。
「んー。ヒュゼッペレースを例文にすると……
「わかりました」
「あとは追い風をフォロー、向かい風をアゲって言うよ。風速は
「飛びにくいからですか?」
「シャルルは
「向かい風なのにかっこいいですね!」
誇らしげに鳴いてすり寄るシャルルと、笑顔で抱きとめるフィオを見つめる。
逆境の中を飛んでいけるシャルルは、怪我を負ってなお闘志を燃やすフィオの姿と重なった。ふたりは本当に運命の糸で結ばれた相棒なんだ。言葉では表せない力を感じて、胸が震える。
やっぱり少しうらやましいと思ってしまうけれど。
「あとはレース全体の用語かな。
「えっと、一気にはちょっと……」
「ふふっ。用語自体は難しくないから、慣れちゃえば簡単だよ。じゃあね……レーン五、トゥ、レフトアップ。フォロースリー、を訳しなさい」
「ええ!? いきなり! ちょっと待ってくださいね。ええと」
ジョットは慌てて今書いたばかりのメモを見た。我ながら急いで書いた汚い字を解読するのに手間取る。
「えー。進路五時方向、次、左曲がって上昇。追い風三メートル、ですか?」
「正解! さすが少年。飲み込みが早いね。じゃ、次はシャルルに乗って動くから、それを指示に置き換えて言ってみよう」
シャルル、とフィオが呼ぶと、甘えたナイト・センテリュオは身をくねらせて走ってくる。だが、ふとなにかに気づいた様子で立ち止まった。
ジョットとフィオにもその感覚が伝播し、上を見た瞬間ドラゴンが降ってくる。
「おいおいおい。ライダーとドラゴンが地べたでなにやってんだあ。まさかライダーが重過ぎて飛べなくなったとかじゃないよなあ」
みつあみに結った長い金髪を払い、若葉の目をにたりと細めてジン・ゴールドラッシュが見下す。彼が跨がった相棒ドラゴンも、おかしそうにのどを震わせた。
それは翼竜科マティ・ヴェヒターだ。赤茶色の細い体に、前脚と一体化した大きな翼を持つ。顔には左右に三つずつ目玉があり、オレンジ色の光彩が忙しなく動いていた。
「レース専門用語を覚えてたみたいですよ、アニキ」
突然後ろから現れた人物に、ジョットはぎょっとした。周囲に構わず記憶石の地図を見つめているのはジンのナビ、トンカチ・スタンパイクだ。彼も今日は相棒ドラゴンを連れている。
植物科ヌー・ムー。茶色の体は胸部や脚の先、しっぽがもこもこと丸い綿で覆われている。頭頂部から首にかけては毛量が多く、角はもこもこの上に先端がちょこんと出ているだけだった。
「今さら用語学習かよ! ここは素人が出る幕じゃねえ。とっとと帰ってママのおっぱいでも吸ってな。クソガ、ぶほお!?」
へらへら笑っていたジンの口目がけて、なにか飛んできたと思ったら、白い粉が破裂した。見ればフィオが片手に鎮静香を持って、ぽんぽん手遊びしている。
ジンは白煙を吐き出しながら激しくむせ込んだ。
「フィオこのやろう! 俺の世界遺産級顔面美が傷ついたら、泣くのはお前だぞ!」
「そうだね、泣いちゃうかも。うれしくて」
ぶほぶほとマティ・ヴェヒターが噴き出した。なにかと思ったら、ジョットの心に爆笑の波が伝わってくる。
粉まみれの手で、ジンは相棒をぽかりとやった。
「今お前が笑うところじゃねえからな」
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