305 辿り着いた夢の舞台②

「フィオさん、調子はどうだい。カーターさんとエマーソンさんのことは、残念だったね」


 そこへ入れ替わるようにランティスが現れた。彼の相棒フォース・キニゴスのコレリックとシャルルが、頭を寄せ合ってあいさつする。

 あえてフィオは、おどけるように肩をすくめてみせた。


「いないほうが精々します。手間も省けますし」

「ははは! 実はマドレーヌと母が来てるんだ。ナビ席の後ろ、箱席にいる。あそこ。手を振ってやってくれないか」


 ランティスが指さしたほうに手を振ると、金髪の女の子がぴょこんと跳ねた。マドレーヌだ。

 少女は母リリアーヌと協力して、なにやら布を広げた。そこには“ししょーがんばれ!”と文字が縫いつけてある。ふたりが振る扇には“お兄さま”、“コレリック”と書かれていた。


「いつの間にか妹は僕よりきみを応援しているよ」

「そうですか? 扇も凝ってますよ」

「いや。あれは母の字だ」


 言われてみれば布の字は少しいびつなのに対し、扇は教科書のように美しい。フィオは苦笑うしかなかった。


「きみの足のことは知っている。妹の憧れも壊したくない。でもだからこそ、僕とコレリックは全力で挑ませてもらうよ。それが竜騎士の礼儀だ」

「もちろんですよ。レース、楽しみにしてます」


 グッと力強い握手を交わし、ランティスとコレリックは飛び去る。

 選手はスタート位置につくよう、号令がかかっていた。各地のレースを制し、決勝戦に進んだのは全部で八組。うち、キースとヴィオラが棄権したため、七組が二列に分かれて並ぶ。

 くじで決まったフィオの位置は前列だ。ここまではついている。右隣にはハーディと相棒のヴィゴーレ、そしてパピヨンと相棒のグレイスがつづく。

 間近に感じるロワ種の巨体は、やはり圧巻だ。じわりじわり、侵食してくる緊張を感じていると、突然頭をはたかれた。


「なに」


 フィオは左隣のジンをにらみつける。ジンはライフルを背負い直して、口角をクッと持ち上げた。


「よく逃げなかったな。棄権者が出たと聞いた時は、お前かと思って殴り込みにいくところだった」

「なに言ってんの。そっちのほうがよかったっていうのが本音でしょ」

「いいわけねえだろ」


 低い地を這うような声にドキリとする。ジンの顔にはもう、笑みも軽薄さもなかった。荒々しい原石のようなエメラルドの目を、ただひたすら前に注いでいる。


「お前が引退する時は、この俺に完膚かんぷなきまでに敗北した時だ。足一本くらいで泣きごと言ってんじゃねえぞ。死ぬ気で飛べ! そのお前を俺が地に叩きのめしてやる!」

『てめえはもう黙れこのキモロン毛! てめえのクソみたいに長いその髪ぶち抜いて今すぐハゲ散らかしてやろうか!?』


 あら。なぜかジョットの怒鳴り声が、ジンのイヤリング型伝心石から聞こえてくる。ナビ席を見ると、ジョットがトンカチの耳を引っ掴んでいた。席が隣同士だったらしい。


『アニキ、ホッとしたついでにはしゃぐのは、そのへんにしといてください。自分の耳が取れそうです』


 ジョットに捕まっているトンカチの声が、フィオの伝心石からも聞こえた。フィオはくすくすと笑い、ジョットに「放してあげて」と言う。しぶしぶといった体で自席に戻るジョットが見えた。


「ジンも私に飛べって言ってくれるんだね」

「あ? じゃねえとぶっ潰せないだろ」


 ジョットの大声が堪えたのか、ジンはイヤリングをつけた耳をほじくりながら言う。

 マドレーヌとリリアーヌも応援してくれている。ランティスとジンはライバルと認めてくれて、ミミはフィオの優勝記事を夢見てくれた。

 この旅をはじめた時、背中を押したのはジョットただひとりだった。けれど今はライバルが、友が、世界中から集まった観客が、フィオに飛べと望む。


『さあフィオ、見せてみろ。お前が繋いだ夢の果てを』


 その時声が胸に流れてきて、フィオはロワ・ヴォルケーノを見上げた。マグマのように輝く目がスッと細められる。笑っているようにも見えるヴィゴーレを、ハーディは不思議そうに覗き込んだ。

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