139 あの夜のつづきを①

「おかしいのは、俺なんですよ」


 シーツごとくしゃりとジョットは拳を握る。


「キモい、ですよね。男なのにあんな、反応して……」

「そんなことないよ。そういう体質ってだけでしょ? 他にも同じような男性たくさんいると思う。それに、それを魅力に思う女の子だっていっぱいいるよ」

「いっぱいじゃなくて、俺はフィオさんにどう思われるかだけです。他はどうでもいい」

「うっ。私は……」


 ジョットの声に根っこを逆なでられたように感じた、あの感覚。くすぐったがっているわけではないとわかった時、その正体に自ずと辿り着いてしまった。

 煽られたのだ。大人の自分が十四歳の子どもに。

 到底受け入れられない事実を、フィオは箱詰めにして鍵をかける。自己嫌悪から歪む顔をどう捉えたか、ジョットはふと力なく笑った。


「やっぱり引きましたよね」

「んなっ。ひ、引いてないってば」

「気遣ってくれてありがとうございます」

「ジョットくん! そんなんじゃない! ちょっと驚いたけど、それだけだよ!」

「でも、気持ち悪いんです。俺自身が一番、そう思ってる……」


 そう言ってジョットは、自分をかばうようにひざを抱え、腕に顔を埋めた。

 少しひとりにしてあげたほうがいいかもしれない。薄くて白いジョットの肌は、フィオの気配にさえ怯えそうなほど儚く映った。

 タオルを置いてきびすを返す。その瞬間、髪を引かれる感覚とともに、ジョットの言葉が耳奥で響いた。


――置いていかないで。


 それはジョットが目覚める前、フィオの中に流れ込んできた思いだ。そしてドルベガの夜、キースに呼び出され姿を消したフィオへの懇願の言葉。

 ジョットはなぜひとり旅に出た?

 苦手な触れ合いをなぜフィオに許す?

 なぜ何度突き放しても追いかけてくる?

 今、彼が腹を痛めてベッドに臥しているのは、誰のため?

 ジョットのすべての行動が、言葉が、フィオに逃げるなと叫ぶ。


「一度しか言わないからよく聞いて」


 戻るや否や、フィオはジョットの肩を掴み振り向かせた。怯えをはらんだ金の目に、存外真剣な自分が映っている。


「私も、ジョットくんみたいな体質の男性、魅力的に思う人だから」

「えっと……?」

「だから。ちょっと、ほんのちょっとだけ……ドキッとした、ですの」


 居た堪れなさ過ぎて、マドレーヌの口癖をまねしてしまった。余計に羞恥が募り、ちょっと三回くらいテーブルの角に頭を打ちつけたい。

 ゆっくり味わうように瞬くジョットの視線に耐えきれず、フィオは身を離した。その瞬間、腕と腰を掴まれてベッドに引きずり込まれる。


「わわっ! ジョットくんまっ、傷! 傷に障るから!」

「嫌だ。待てない。障らない」

「いい加減なこと言って……!」


 あれよあれよとひざの間に収められ、フィオは慌てる。腕を外させようとしたが、細い子どものどこにこんな力があるのか不思議なくらい、びくともしなかった。

 そうこうしているうちに肩に頭を預けられ、ジョットの髪がフィオの耳をくすぐる。ふたりの間には、風の通る隙間もない。

 今になって、フィオは彼が上を脱いだままでいることを意識してしまった。


「フィオさんが俺にドキドキしてくれるなんて」


 ため息混じりの声が耳に吹き込まれる。


「ドキが一個多い。ドキッです。それに『ド』は驚きの『ド』だから」

「じゃあ『キ』がキュン部分ですね。半分もキュンしてくれたんですね」

「ああ言えばこう言うね、あなたは。生意気」


 心底呆れた声で言ってやったのに、ジョットはくすくす笑う。


「耳、熱くしたまま言っても怖くないですよ。フィオさんは耳から熱くなるんですね」

「……知らない」

「照れ隠し。かわいい」

「目おかしいんじゃないの」

「そうですね。あなたしか見えない」


 一体どこからそんな言葉を仕入れてくるのか。うなりたくなる気持ちを抑えていると、ジョットが少し身を離す。体温の高い手がまた、耳を覆うように触れた。

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