158 ライバルの思い①
廊下に出ると、階段口の談話広間にいるヴィオラとトンカチの会話が聞こえてきた。ヴィオラは苛立たしげに腰かけたソファを叩いている。
順位もやり直しも期待していなかったが、結果がなにも残らない棄権扱いはひどいと、フィオも思う。
「最悪。ロードスター杯自体が中止になったらどうしてくれるのよ、あのロワ種!」
「とりあえずは続行、だと思う。ロードスター杯は三年に一度の超大型大会。五大国の面子と金もうけがガチガチに絡んでるから、よっぽどのことがない限りやめない。レースを仕切り直さないのも、あとの予定を狂わせたくない意地でしょ」
レースの先行きも気になるが、フィオにとって目下の問題は、あのふたりの前を通らないと水を替えに行けないことだ。
「こ、こんばんは。おふたりさん。ご機嫌うるわしゅう。それでは……」
「フィオ、待ちなさい」
忙しいふりをして早々に立ち去る作戦は、ヴィオラの相棒デイジーに立ち塞がれて失敗した。痛み止めがほとんど効いていない足では、無謀だったか。
桃色で、ふわふわのたてがみを持つ愛らしい小竜科ににらまれて、フィオはぎこちなく振り返った。
「ナンデショウカ」
「私、関わらないほうがいいって言ったわよね」
ヴィオラはソファから立ち上がる。海上宿船〈バレイアファミリア〉での話だ。
「あなたがキースを巻き込まなければ、今頃二位か三位で最終レースに進んでいたのよ」
「いや、巻き込んだ覚えは――」
「断りもしなかったでしょ!」
そう言われると痛い。ついてきたキースにフィオはなんの疑問も抱かなかった。いざとなれば真っ先に頼りにして、久々の共闘を楽しんですらいた。
「キースがなんのために突き放したと思ってるの。あなたの足を心配してのことでしょ。なのに足どころか命まで危険にさらして!」
つかつか歩み寄ってくると、ヴィオラはフィオの肩を掴み引き寄せた。
「キースの思いを踏みにじっておいて彼が欲しいなんて、虫が良過ぎるのよ」
そのままフィオを突き飛ばして、ヴィオラは階段を下りていく。庭で竜医にジェネラスを診てもらっているキースの元に行ったのだろう。
すぐに扉の音がして、勢いよく閉まった。
「ヴィオラの姉御、きっつ。あの人も負けず嫌いだなあ」
トンカチのぼやきにも、フィオはなにも返せなかった。
本当に虫がいいと思う。キースも諦められないくせに、ジョットには執着を抱いている。愛を欲しがった相手は義兄で、存在理由を埋めてくれるのは子どもだなんて笑えない。
この引きずった足と同じ、ままならないことばかりだ。
「ついでと言っちゃなんだけど。俺もひとつ言っていい? フィオの姉御」
「お説教ならもう間に合ってるんだけど」
「いや、宣戦布告……姉御にとっちゃワイロ?」
首をひねりながら、トンカチはローテーブルに放ってあったものを差し出してきた。薄くて白い紙袋だ。“グミポークジャーキー”と判が
「ジョットに伝えて。『てめえ俺から一本取ったくらいで調子乗ってんじゃねえぞ。お前の戦略研究し尽くしてけちょんけちょんに負かしてやるから逃げんじゃねえぞオラ』って」
そこまでひと息に淡々と言って、トンカチはにこりと笑った。
変態ライダーと同じく、ナビもエルドラドの借りを簡単に忘れてくれないらしい。つまりこの紙袋は、ジョットをナビから外さず勝負させろ、というお願いの形だ。
ランティスさんがナビ席に座ってて相当荒れたんだな、この人。
フィオの想像の中で伝言を聞いたジョットは、悪態をつきながらも不敵に笑う。きっとますます楽しくなるだろう。フィオもシャルルも、ジョットが見せてくれる剥き出しの感情に煽られて、後先も考えず飛びたくなる。
「伝言は伝えるよ。でも、このワイロは受け取れない」
「どうして?」
不思議そうに瞬いた灰色の目に、フィオはただ笑みを返した。
「おーい、トンカチ。帰るぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます