108 たどたどしい舞踏会①
そんな言い訳をしながら、駆け出したジョットに置いていかれないように、フィオもしかと小さな手を握り返した。
前甲板の広間は壁がガラスになっており、外の温水プールで遊ぶ子どもたちが見えた。窓から差し込む夜の影は、しっとりと会場を包んでいる。縦横に渡された縄には発光石がつり下げられ、星を象った薄紙に覆われていた。
青くやわらかな星明かりの下、男女は華やかな衣装をなびかせて舞い踊る。ただ観葉植物で仕切られた空間なのに、やさしい音色が響く舞踏会場は別世界のようだった。
「私ほんとに踊れないよ。絶対足踏んづけるよ」
「いいですよ。最初は右から。反時計回りにいきますからね。いち、にの、さん」
いよいよ輪の中に入っておどおどするフィオに反して、ジョットは楽しげだ。冒頭だけ説明して、さっさと秒読みに入る。
反時計回りってどっちから見て!? 混乱しているうちに、腰に回ったジョットの腕がふたりの距離をゼロにした。片手は彼の肩に導かれ、もう片手はしっかり握られる。
そして、まるでゆっくり倒れるかのように足を引き、ジョットはなめらかに回りはじめた。
「わっ。わわっ」
フィオはついていくのに精一杯だ。ステップもひざの使い方もわからず、ちょこちょこ歩きでジョットを追いかける。
端から見たらなんて不格好だろう。ひと回りも年下のジョットがやけに慣れていてうまいのだから、フィオは余計に恥ずかしくなった。
「なんでそんなにうまいの?」
「ちょっと習う機会があって。嫌々やってたんですけど、ダンスってこんなに楽しいものだったんですね。フィオさんとなら毎日でも飽きません」
「なっ。私と踊ってたらすぐ足が腫れ、あっ!」
言わんこっちゃない。ジョットが急に立ち止まるものだから、フィオは彼の足を踏んでしまった。
しかしジョットはくすくすと笑って、腰の腕を放し身を引く。繋いだ手がぴんと張った拍子に「回って」と言われ、フィオはぎこちなく一回転した。
フレアスカートの裾がパッと花開く。
動きを見越していたジョットの手が迎えにきて、また放す。彼の仕草と視線だけで、フィオはもう一度回るのだとわかった。今度はフィオからも手を伸ばして、再び繋ぎ直す。
まるで片時も離れたくないかのように、腰を抱かれることを、フィオはもう受け入れていた。互いの服が重なり合うこの距離が、自然だと思えるふわふわした空間を漂う。
ジョットはまた反時計回りに回りはじめた。
「フィオさんに踏まれたって、全然痛くないですよ。羽のように軽いですから」
「ウソ! また、ふ、太ったもん」
「だからなんです? 俺はいっぱい食べるフィオさんも好きです」
無垢な笑みを向けられて、フィオはたじたじとなる。
今夜はなんだか調子が狂う。人生ではじめてと言っていいくらい、着飾っているせいだろうか。十四歳の子どもの言うことを、うっかり真に受けそうな自分がいた。
いや、ジョットはファンとして言っているのだ。そうでなくとも多感な年頃。家庭に収まらず、飛び回るフィオがかっこいいと思い込んでいるに過ぎない。
間違えるな。
こんな子どもが愛の意味を深く考えるはずがない。ましてや私は、誰かに愛されるほどできた人間じゃないのだから。
「はいはい。大人をあんまりからかわないでよ。まあジョットくんのやさしさは、うれしいけどね」
「……ざれ言なんかじゃないし、これはやさしさなんてきれいな気持ちだけじゃありません」
えっ、と思った瞬間、フィオは耳を覆われるようにして頭を引き寄せられた。足がもつれて、思わず目の前の肩にすがる。
目を起こすと、鼻先が触れそうなほど近くに、ジョットの顔があった。
「俺は真剣です。今まで、あなたに伝えた言葉全部、ふざけて言った覚えなんてない。いい加減子ども扱いはやめてくれませんか。あなたに保護者も姉代わりも求めてない」
「ま、待ってジョットくん。いったん放して」
「俺は十分待った。もう逃げないでください!」
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