109 たどたどしい舞踏会②
金の閃光に射抜かれる。フィオの目の奥がジリジリと熱を帯びた。せつな耳鳴りがして、なにかが心臓に触れる。耳のすぐそばで鼓動が脈打っている。
「俺はあなたと対等になりたい。ナビとしても、男としても」
「それって、どういう……」
「こういう意味です」
金の目がさらに近づき、ぼやけて見えなくなった。ついに鼻が触れてびくりと震えたフィオを、ジョットは後頭部を掴んで逃がさない。
熱い吐息が紅を差した唇をなでたその時、子どもの悲鳴が耳をつんざいた。
フィオとジョットは弾かれるように振り向く。ガラス越しに慌てる人々の姿が見えた。彼らは扉へ押し寄せ、ただならぬ様子で船内に駆け込んでくる。
「ドラゴンが! ドラゴンの暴走だ!」
「襲ってくるわ! 早く逃げて!」
娘を連れた父親が叫んだ。まだ小さな子どもを抱えた母親が上を見る。
ガラス天井の向こうでなにかが横切った。黒い影にしか見えなかったが、大きくて速い。コウモリや海鳥ではないと人々が確信した時、荒々しいドラゴンの咆哮が
ついに、舞踏会場で踊っていた人々、楽団、店巡りを楽しんでいた乗客たちまでが、我先にと逃げ出しはじめた。
そこへランティスが駆けつける。
「フィオさん! きみはウォーレスくんを連れて部屋へ! 僕は暴走ドラゴンの対処にあたる!」
「私も行きます!」
いくら竜騎士のランティスでも、ドラゴンを相手にこれだけの乗客たちを守りきることはできない。フィオは動きにくいハイヒールを脱ぎ捨てた。
「ジョットくんは――」
「俺も手伝う、ですよね?」
フィオの言わんとしていたことを読んで、ジョットは遮る。そしてフィオをまた、彼の目を見た瞬間その思いを悟ってしまった。
いや、自分の願望なのかもしれない。頭では安全な部屋にいたほうがいいとわかっていても、心はジョットを目の届くところに置きたがっていた。
「約束して! 無茶はしない!」
「了解です」
雪崩れ込んでくる人々を掻き分けて進むのは、容易ではなかった。先を行くランティスが隙間をこじ開けてくれていなかったら、フィオとジョットは押し戻されていたに違いない。
ようやく甲板に出ると、夜空を飛び交う影はひとつじゃないとわかった。四、いや五頭はいるだろうか。まるで獲物を品定めするかのように、船を取り囲んでいる。
「やだあ! こわい! こわい!」
「だいじょうぶだからっ、お願い立って! 逃げるのよ……!」
プール脇で怯える女の子と、手を引こうとする母親を見つけた。女の子は恐慌状態に陥り、プールにしがみついている。
フィオはすぐに駆け出した。心の中でシャルルを呼ぶ。
その時、上空で鋭く旋回した個体がいた。頭部がまっすぐ母子のほうに向いている。フィオは足の痛みを堪えプールの縁に飛び上がり、親子の前に滑り込む。
牙を剥き出して迫るドラゴンに向け、両腕を広げて自分を大きく見せた。ドレスの効果もあってか、ドラゴンは時が止まったように固まる。
「なに、この子……」
プールの照明に浮かび上がったドラゴンを見て、フィオは息を呑む。
その個体に翼はなかった。代わりに大きなひれが数枚、放射線状に広がり、先がギザギザに分かれている。それが海草のように棚引いていた。
流線形の体は白で、全身に濃く青い模様が走っている。色に埋もれて、目がどこにあるかはわからなかった。
「これが、
深海に棲むと言われている竜鰭科は、人と相棒になることはない。
はじめて目にする得体の知れないドラゴンを前に、フィオの心がすくむ。その時、鋭い咆哮とともに青い流星が急降下してきた。
「シャルル!」
シャルルは竜鰭科に迫ると、後ろ脚を突き出して蹴り飛ばした。怒りのうなり声を上げ、ひれを振って空へ浮上する相手を、間髪入れず追いかけていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます