223 夫婦の語らい?③
噛むほどに塩味が増し、それがさらに甘味を引き出し、無限の快感へと突き堕とされる。
フィオの唇から恍惚の息があふれた。
「おいしい! 深い甘みが堪らない! お肉でこんなにやさしい口どけを味わえるなんてっ」
「気に入ったか?」
「うん! レイラさんはとっても料理上手だね!」
よしよし、とチェイスに頭をなでられても気にならないくらい、フィオはヤギスープに夢中になる。食べはじめると、胃がタルト以来なにも入れてなかったことを思い出したようで、空腹を感じた。
一杯目を平らげたフィオは、すぐさま木のレードルに手を伸ばす。
「そろそろ俺にも食わせてくれないか?」
不思議な言葉がフィオの手を止めさせた。眉をひそめつつチェイスを見れば、彼はぽっかりと口を開ける。まるで親鳥にエサをねだるひな鳥のように。
「なんで私が!? 子どもみたいなことするなって言ったばっかでしょうが!」
「嫁っていうのはそういうものだろ。父上も母上にいつもやってもらっていた」
チェイスの父。彼はどこにいるのだろう。この家にはチェイスとレイラ以外、人のいる気配がしない。族長を息子にゆずって、隠居しているのか。
「俺は仲睦まじい両親に憧れている。やってくれ、嫁」
その声はわくわくと弾んで、目は輝いていた。さらに身を乗り出してきて、ふたりの肩がくっつく。まぶたを閉じて唇を薄く開いた顔は、昨夜見たあどけない寝顔と同じだった。
一回だけならと観念し、フィオは彼の器を引き寄せる。木のフォークにヤギ肉を刺して、少しかさついた唇に持っていった。だが途中で、熱いかもと思い直し息を吹きかけて冷ます。
「焦らすな」
「焦らしてない」
だんだん込み上げてきた羞恥には気づかないふりをして、チェイスに肉を食べさせる。フォーク越しに触れた唇はやわらかい、気がした。
「……ん。うまい。嫁に食べさせてもらうと、格別にうまいな」
「別にいっしょでしょ。あとは自分で食べて」
「いやだ。食わせろ。次はそのブミ草だ」
「ブミ……グミ草ね。これ傷口に塗ると治癒効果があるの、知ってる?」
「なに。じゃあ嫁が食え。全部食え」
「食べても効くけど、全部はいいって」
遠慮する声は、鍋のグミ草をひと粒残らずすくおうとするチェイスを見て、笑みに変わった。立派な体格、それに見合った大きな態度が鼻につくのに、ふと見せる姿が子どもで、憎めない人だ。
「俺様が特別に食べさせてやる」
山盛りのグミ草を断りながら、フィオはやっぱりと思う。悪い人ではない。もう少し話してみたい。今必要なのは竜狂いの理解者より、彼のようにドラゴンを嫌う者との対話だ。
「ヒルトップの長は、血筋では決まらない。腕っぷしの強さだ。つまりこのチェイス様は色男な上に、村一番の武芸者でもある。惚れたか?」
鍋は下げられ、レイラが持ってきた酒を片手に、チェイスは上機嫌に語る。陶器の杯の中で、白濁の液体がちゃぷんと揺れた。
荒野に広く分布するホウキノキの樹液から作られた醸造酒だという。フィオも舐めてみたが、その香りと同じ甘酸っぱい味がした。
「族長の役目は、村で起きるすべての困りごとを解決することだ。そのために新しい掟を作ったり、
「はいはい。誰にでもできることじゃないよね」
投げやりなフィオに、チェイスが気づいた様子はない。肩を抱き寄せて、気持ちよさそうにくふくふと鳴るのどをすりつけてくる。
「そうだ。すごいだろ。お前はもっとチェイスの妻になったことをよろこび、俺に選ばれた自分をほこれ。村でもっとも、めいよあることだ」
「妻にはなってないから。うれしくないし」
「まだわからないのか」
やや酔っている男は、ムッと顔をしかめて抱き込む力を強めた。酒気を帯びた声が、これはとっておきだと響く。
「俺はドラゴンを千頭は退治してきた。民が族長になにより求める力。それはドラゴンから命と財産を守れる強さだ」
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