22 整列。ブラウン一家②
フィオが出たとたん、エドワードはパッと笑みを咲かせ、握手を求めてくる。そういえばおやつを食べにくるディックとアンとは面識があったが、彼とはきちんとあいさつしたことがなかった。
グルトンと呼ばれた竜脚科ボア・ファングは、ぐふりと鳴いてフィオに目礼する。しかし、その背中に跨がるディックも、もじもじと体を揺らすアンも、沈んだ顔でうつむいたままだ。
「ほら、お前たちもごあいさつなさい」
「あ、いいんですよ、ブラウンさん。私は怒っていません。あれは子どものたわごとだとわかっていますから」
「で、でもあなたはそのあと、川に入ったと噂が……っ」
「え!? それは違うんです! 別件で頭にくることがありまして。そこへたまたまディックとアンが来ただけです。ちょっと間が悪かったんですよ」
噂が広まる早さに動揺しつつ、フィオは笑みで繕う。この様子ではきっと、ファース村中の人々が知っているだろう。正直、その話を出されるほうが居た堪れない。
しかし、額の汗を拭うエドワードに気づいた様子はなく、彼はいたってまじめに首を振った。
「いえ。いけないことを教えるのも、親のけじめですから。ほら、アン。ベネットさんに言うことがあるだろ?」
「……フィオおねえちゃん、ごめんなさい……」
服をぎゅうと握り、今にも泣きそうな声で謝るアンに、フィオの良心がえぐられる。それもこれも全部、バカ兄のせいだ。
けれど気まずさに拍車をかけているのは、アンの姿が震えていた男の子と重なったからだ。その本人はにらみ過ぎて、白目を剥きそうな形相をしている。
「だいじょうぶ、怒ってないよ。ちゃんと謝ってくれてありがとう」
アンにとびきりの笑みを向けながら、フィオはジョットの胸に裏拳を入れた。
「次はお前だぞ、ディック。まずグルトンから降りなさい」
エドワードは次にディックを見やる。長男なためか、うながす声には先ほどよりも力が入っていた。
するとディックはますます唇を曲げる。グルトンからも軽くせっつかれたが、降りようとはしなかった。
「おれ、悪くないもん……」
「なんだって?」
父親が眉をつり上げる。
「だって、ほんとのこと言っただけだし……フィオだっていつも、言い返してきたし……」
「あのな。本当か嘘かなんて関係ない。人を傷つけることを言っちゃいけないんだ。ベネットさんが言い返すのは、お前がちょっかいをかけるからだろ」
「キズついてるなんて知らなかった! だってキズつけようと思って言ったんじゃない!」
ディックのその言葉にフィオはハッとする。うるさいガキと、言い返された時の少年の顔が脳裏に浮かび上がった。
「ディック! 悪いことの区別もできないなんて、父さんはがっかりした。みっともない屁理屈はやめて謝りなさい!」
「ブラウンさん、もうそのへんで――」
エドワードの荒い声は、さすがに冷静さを欠いていた。フィオは止めようと手を持ち上げる。その瞬間、ピリリと電流のようなものが指先に走った。
体が後ろへ引っ張られる。見るとジョットがフィオの服を掴んでいる。少年は緊張をはらんだ目で、一点を見つめていた。その視線の先には、しきりに首を振るグルトンがいる。
「グルトン? どうした?」
鼻から勢いよく息を吐き出し、落ち着かない様子で足踏みする愛ドラゴンを、ディックが覗き込む。
フィオはボア・ファングの茶色い目に違和感を覚えて、凝視した。グルトンが太い首を振る度に、その光彩が明滅する。いや、黒い瞳孔が縦に横にと目まぐるしく変化していた。
こんなドラゴンの反応は見たことがない。
フィオがのど奥にひりつくような渇きを感じたその時、グルトンの瞳孔は細く細く研ぎ澄まされた。
まるで獲物を見つけた獣のように。
「フィオさん!」
「きゃあ!?」
フィオは考えるよりも早く、アンの前に体を割り入れた。それと同時にグルトンが、少女に飛びかかろうとしたのは偶然ではない。
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