307 決戦!ファイナルレース②

 そして細道は、直線からこの道と重なる。


『上だ! フィオさん、ジンはあなたの頭上にいます!』

「速度を上げてシャルル!」


 ジョットとフィオがほぼ同時に叫んだその時、ガラスの割れるような破砕はさい音が降り注ぐ。キラキラ、氷が滴り落ちる中、破片を掻き分けて現れたジンは、すでにライフルを構えていた。

 エルドラドレースでフィオがおこなった頭上からの急襲。そしてルーメンレースでの環境を利用した奇策。どちらもしっぺ返してくるとは恐れ入る。


「楽しかったぜフィオ・ベネット! これで終わりだ!」

「お見事」


 もう回避しようもない。腹を括ったフィオは、せめて目に当たらないよう頭を下げようとした。しかしその瞬間、黒い影が射線に入る。鳴り響く銃声。こぼれんばかりに見開いたフィオの瞳に、シャルルの頭から黄色い染料が飛び散る光景が映った。


「シャルル……ッ!」


 痛い。見えない。シャルルの心が流れ込んでくる。


「見えない? 目に入った? まずい。どうしよう。飛べるのか。早く治療を。棄権……」


 ドラゴンへのペナルティショットは無効。

 白くなりかけた頭にルールが浮かんできて、フィオはすんでのところで冷静を保つ。シャルルが身をていして守ってくれた時間、一秒も無駄にするわけにはいかない。


「ジョット、染料弾がシャルルの目に入った! 洞くつを出るまでの指示、今全部ちょうだい!」


 後ろについたジンから二発目の弾が放たれる。フィオは左へ重心をグッと踏み込むことで、シャルルに回避させた。

 追いかけてくるのはランティスとコレリックとなれば、ジンもそう何度も射撃姿勢を取っていられない。フィオとシャルルは前に集中すればいい。


「シャルル、目を閉じて。私を感じて」

『フィオさん、いきますよ。右折ライトトゥ下降左折ダウンレフト進路レーン五時方向ファイブトゥ上昇下降上昇アップダウンアップトゥ左折レフト進路レーン三時方向スリー右折ライト進路レーン六時方向シックストゥ上昇左折アップレフトトゥ下降右折ダウンライト進路レーン二時方向ツー!』


 ジョットの声を聞きながら、フィオは脳裏に地図を描いていく。進路指示つきの旋回は、先が見えないほどの急カーブだ。そしてトゥを挟まない連続指示は、角と角に間がない。

 教本通りではないジョット独自の癖ももう覚えた。距離、角度、奥行きまで、飛行経路が鮮明に組み上がっていく。


「……見えた。シャルル! 私に身を委ねて飛べ!」


 洞くつの出口。そこからあふれる陽の光までも感じて、フィオはハンドルを握る。ぴたりと身を寄せた相棒に応え、シャルルは加速した。風を切る翼は一切の迷いなく、ぐんぐん強く速く羽ばたく。

 直線を抜けた先の右旋回――からの下降しながらの左折は、身を縦にひねってこなす。フィオがハンドルを引く五時方向へ頭を向けた次は、上下をくり返すぐねぐね道。上昇と下降の合図が、心の中で調子よく響く。

 ほとんど直角の曲がり角手前、普通なら減速するところをフィオは回れと言った。シャルルは体を回転させ、速度に乗ったまま遠心力をいなす。


「わかる。あなたの心が見える。いいよ、シャルル。楽しんで」


 三方向に伸びた交差点。目を閉じたシャルルは惑わされることなく、六時へ舵を切る。滑るように駆け下りるや否や、全身の筋肉を躍動させ一気に上昇へ。最後は雪解け水とともに、坂を突き抜ける。


「出口だ! シャルル、光を感じたら頭を持ち上げて!」


 風に混じって水音が届く。フィオは衝撃に備え、頭を低くして身構えた。光がまばゆいほどになり、せつな視界が白く塗り潰される。

 直後、叩き落とされてしまいそうなくらいの水量が、頭にぶつかってきた。洞くつの出口は滝だ。染料を洗い流す唯一の機会だった。

 フィオは顔の水滴を拭って相棒を覗き込む。


「シャルル、だいじょうぶ!?」

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