308 決戦!ファイナルレース③

 振り返ったシャルルは、高く鳴いて応えた。黄色い染料はまだ残っていたが、目の周りはどうにか落とせている。宵口よいぐち色の目はぱっちりと開き、フィオを映していた。


『首位パピヨンさんとハーディ! 後ろはジンが下がってランティス、詰めてきてます! 気をつけて!』

「任せてよ。次は障壁区画ジャマーゾーンだ」


 ぺろりと唇を舐め、フィオとシャルルは矢となって大河上空を飛ぶ。歴代ロードスターを追う漆黒のナイト・センテリュオを、川の両岸に陣取った観客たちが歓声と指笛で煽った。

 大河の中腹あたりに展開された、護石が放つ薄青色の箱へ飛び込む。


「シャルル、狙え!」

「そうはさせないよ」


 ハッと目を向けると、四枚羽のコレリックが横からぬっと現れた。背に跨がったランティスが、フィオと目が合って小さく笑う。


「やるねえ。さすが分隊長殿」


 洞くつで見せたシャルルの体捌き。それを真似て彼らはここまで詰めてきたのだろう。ナビ不在の不利を覆す、ランティスの直感と身体能力に、ぞくりと身震いを覚える。

 コレリックが、翼が衝突するのもいとわず体当たりしてきた。


「フィオさん、正々堂々勝負だ」

「いいね」


 シャルルも負けじと体を相手に押しつける。力と力の真っ向勝負。耐えられなくなった者が、障壁に叩きつけられて脱落する。小細工なしの決闘だ。実に騎士らしい。


「シャルル! 突き飛ばせ!」


 飛跳とび石に注意しながら、フィオはさらに突進を指示する。コレリックは大きくよろめき、壁際へ追い詰められた。力技、耐久力ともに、細身の翼竜科よりも鉱物科シャルルのほうが分がある。

 この機を逃さず、フィオはライフルを構えた。しかしコレリックがやり返してくる。


「んな!?」


 ただの体当たりだと思った攻撃に、シャルルはいとも容易く体勢を崩された。見れば四枚ある羽のうち一枚が、シャルルの羽ばたきを妨害している。しかしコレリックの翼はあと三枚もあり、推進力は衰えない。

 片翼では満足に飛べず、シャルルは見る見る壁に押しつけられた。


『フィオさん! シャルル!』


 複翼ならではの戦法。ランティスはこの手腕で、無法者たちを捕らえてきたのだろうか。姿勢が崩れ、ライフルを構えることも難しい。


「この勝負は僕がもらった」


 ちょうど斜め下から目の前に飛び込んできた飛跳石を、ランティスが正確無比な射撃で止める。その瞬間を待っていた。

 フィオは心で合図を送り、シャルルに壁を蹴らせる。石に注意が向いていたコレリックは、突進をまともに食らった。

 相手を押しのけた勢いのまま、シャルルは飛跳石を横取る。

 しかし、すかさずランティスが切り返してくることは想定済みだった。再び翼を狙い、封じ込めようとしてくるコレリックを見ながら、フィオはライフルを構える。


「シャルル、回って」


 シャルルの体が横へ寝転ぶように舞う。その下を、目標を失ったコレリックが通り過ぎていく。天が地へ、逆さまになった世界でフィオの照星しょうせいが、驚くランティスの顔を捉える。


「ごめんね。私に手段を選んでる時間はないんだ」


 引鉄を絞る。せめて目に入らないように放った弾丸は、騎士の金髪を桃色に染め上げた。


飛跳石ラットはもらってくねー!」


 チュッと投げキッスを贈るフィオを乗せ、シャルルはすかさず加速する。射撃を外したか、遅れていたパピヨンと並び障壁区画ジャマーゾーンを突破した。

 実況席の声が、雪崩れを起こさんばかりに響き渡る。


『決まったあああ! ロードスター杯史上初、最終レースでのペナルティショット! こんなレースがみられるなんて信じられません……っ! やりましたフィオ・ベネット選手! ランティス・ヒルトップ選手の頭部を撃ち抜き、ペナルティタイム二秒追加です!』

『あのひねり込みから当てるって……。なんで、なんでそんなことができるんだ。彼女に恐怖はないのか……?』

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