287 預り物を届けに②
「つまり、草原で起きたあの誘拐事件が、ロワ・ドロフォノス乱入とすり替わってるのね」
「そういうことです」
「あー。そんなにうまい話はなかったかあ……」
舞い上がっていた分、落胆が大きい。フィオは思わずしゃがみ込んだ。歴史の修正力とは大したものだが、文字通り命を懸けてがんばったのだから、神様からご褒美があってもいいはずだ。
寝て覚めてみれば、実は竜神の生まれ変わりでしたなんて告白してきた彼に、つい視線がいく。するとジョットは声を噛んで笑っていた。
「こら、そこ。笑わないの」
「や、違くてっ。うれしいんですよ。フィオさんとレースできる回数増えたと思って! すみません。足の負担はわかってるんですけど」
フィオは目をぱちくりと瞬かせる。レースができる。子どもの頃のフィオも、それだけで喜んでいた。
体力計算、日程調整、資金調達、怪我の危惧。考えなければならないごちゃごちゃした思考が、ジョットの笑顔でどうとでもなると思えてくる。
「にひひっ。愛されてますねえ、フィオさん」
ミミに覗き込まれて、フィオはにやついた顔を押しやった。
「まあ、マドレーヌの安全には替えられない。ちょうど物足りなく思ってたところだし、サクッと飛んで優勝かっさらいますか!」
「おおっ。フィオ・ベネット選手いつになく強気な発言! 意気込みが違いますね!?」
記者魂がうずいたらしいミミは、フィオに反響石を向ける仕草をして、即興会見をはじめる。聴衆の一部になったつもりか、手を叩いて盛り上げるジョットと飛び跳ねるシャルルを見ながら、フィオはにやりと笑った。
「今なら誰にも負ける気はしないね」
王者然と振る舞うフィオに気づいて、ハーディとザミルもゆるやかな闘志を灯す。そんな人間たちを、ヴィゴーレはおだやかな目で見守っていた。
「フィオさん、もういいですよ。だいたい乾きました」
「あ、うん。じゃあジョット、座って」
「もう座ってますけど」
髪を濡らしたままのジョットを見兼ねて、イスに座らせたのは自分だ。思い出して、フィオは自覚以上に緊張していることに気づく。
心を落ち着けようと、いつになくタオルをていねいに畳んだ。
「フィオさん? どうかしたんですか」
「や、話したいことがあるの。全部終わったあとの、大事な話……」
「ああ、結婚式ですね! それはもちろんアンダルトでやりましょ、フィオさんの故郷! んで新婚旅行はまだ行ったことない東南のサン国なんてどうです? タッピ半島にある国立庭園がむちゃくちゃきれいらしいですよ。あと新居ですけどフィオさんが嫌じゃなかったらリルプチ島の俺の――」
「昨日今日考えたレベルじゃない密度! 計画性が高過ぎるね!? いや、その前にもっと大事な話すべきことがあるでしょ!」
「ありましたっけ?」
無垢に首をかしげるジョットを前に、フィオはひと呼吸置く。これはどちらかと言えばフィオの責任だ。未成年のジョットに非はない。
「ごめん、違った。話し合わなければならないのは、私ひとりだ」
ジョットの正面に立ち、背筋を伸ばす。重圧で怯みそうな心を叱咤して、フィオは彼の肩を掴みまっすぐに目を合わせた。
「ピュエルとのことは、私が話をつけるから安心して。許してもらえるまで何度も謝って、私のこと認めてもらう。本当は今すぐ行くべきなんだろうけど、レースを優先させるのは許して欲しい……」
「フィオさん、それはもういいんですよ」
「よくないよ!
「だから、その話はもう俺が済ませてきましたから」
「え……」
フィオの手をやんわりと外させ、ジョットは席を立つ。かばんから革の巻物を取り出した。あれは中に重要な書類を入れて保護するためのものだ。
戻ってきた彼は、テーブルに書類を広げる。それはコリンズ家に、ジョットが正式な養子として迎えられたことを示す証明書だった。
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