131 階段井戸の神殿①

 だが、と向き直ったグリフォスの目は、竜騎士を束ねる長として厳しさを湛えていた。


「暴走するドラゴンは日に日に増え、その対処法も原因も未だわからない。我々竜騎士は、いや人間は、身を守るため武器を取る必要に迫られている。厳しいことを言うようだがね、フィオさん。私のグロリア、きみのシャルルとて、いつ襲いかかってきても不思議ではないんだ」


 心のきしみと呼応するように、足のつけ根がズキズキと痛んだ。フィオは患部に爪を立てる。

 シャルルの暴走。その可能性を考えなかったはずがない。けれど目を背けていた。幼い頃からずっといっしょだった姉弟きょうだいが豹変するなど、想像するだけで胸が張り裂ける。

 ふと、太ももを掴む手にグリリとぬくもりが押しつけられた。見なくてもシャルルだとわかる。甘えたのくせに、フィオが落ち込んでいるといつもこうして慰めにくる。

 このぬくもりに、やさしい心に、銃口を向けるだなんてあり得ない。


「もし、シャルルが私に牙を剥いても、私は殺したりなんかしません。きっと理由があるはずです。こんなにも機微きびに聡い彼らを変えてしまうなにかが。グリフォス団長、あなたもドラゴンの本性は聡明で寛大だとご存知でしょう!?」

「さて。どちらが本性か」


 えっ、と聞き返すフィオを、グリフォスはじっと見つめてきた。考えあぐねるような沈黙が流れる。

 やがてグリフォスは深く息をつき、羽織りの留め具をかけた。


「フィオさんに見せたいものがある。だがまずは治療してからにしよう。ここで待っているから、行ってきなさい」

「その見せたいものは、ここから遠いんですか?」

「いや、庭にある。階段井戸の中だ」


 グリフォスは庭の奥を指した。陽はすっかり落ち、あたりは夜の帳に包まれている。植木の向こうにある遺跡は見えないが、フィオは昼間見たその姿を思い描いた。

 神殿の下方にあいた横穴。中とはその奥のことだろう。

 自分のことよりジョットが心配だが、彼の顔を見てしまったら離れがたくなる確信があった。


「今行きましょう」

「しかし、体はいいのか?」

「だいじょうぶです。シャルルに乗っていれば」


 こちらを見たシャルルは心配そうにしていたが、フィオが微笑むと伏して背中を差し出した。さすがに跨がる体力はなく、横向きで腰かけハンドルに掴まる。


「明かりはひとつしかない。ゆっくりでいいから、私についてきてくれ」


 老いを感じさせない身のこなしで、グリフォスはグロリアに跨がった。手には携帯型光束灯があり、青い発光石の光を集めた光線が、遠くまであたりを照らす。

 シャルルはグロリアにつづいて飛び立った。勢いをつけたものではなく、ほとんど翼に集めた風のマナだけで浮き上がる離陸だった。

 四枚の羽音と青い光を頼りに進む。グロリアは階段井戸の底へ降下すると、横穴に滑り込んでいった。


「結構狭いからね、シャルル。高度もグロリアに合わせて」


 風の音が反響する壁にも、凝った彫刻が施されているようだった。しかし明かりに照らされるのは一瞬で、なにが描かれているのかまではわからない。

 そう時間はかからず広間に出た。四隅の柱と正面に石舞台があるくらいで、がらんとした空間だ。


「ここは、かつて赤岩周辺に住んでいた部族の祭事や裁判をおこなう場所だったようだ。あの石舞台の向こうに神がまつられ、その神に向けて感謝したり罪を告白させられたりしたと言われている」


 そう言いながらグリフォスは、かつて神官や裁判官が立ったであろう石舞台に下りた。


「来なさい。ここからは歩いていく。ああ、シャルルに乗ったままでも頭を下げていればだいじょうぶだ」

「歩いていく? でもグリフォス団長、どう見てもここは……」


 行き止まりだ。だがグリフォスは構わず、石舞台後方の壁を意味ありげに触る。すると水が空気を呑んだような音がして、壁の一部が道をゆずった。

 隠し扉だ。フィオは緊張と興奮からゴクリとつばを飲む。

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