132 階段井戸の神殿②

 奥はさらに狭い通路になっていた。翼がぶつかりそうで、シャルルは縮こまりながらそろりと頭を入れる。フィオも腹這いにならなければ通れなかった。

 前を行くグロリアなんて四枚羽でもっと大変そうだが、慣れているのか意外にもなめらかに進んでいく。


「着いた。もう頭を上げていいぞ。体を楽にしなさい。ここは十分な広さがある」


 グリフォスにうながされて、フィオとシャルルはゆっくりと体の緊張を解いた。音の反響がゆるやかだ。先ほどの広間よりもっと大きな空間だと、肌で感じる。あたりには湿ったにおいと、ひんやりした空気が漂っていた。

 ずんずんと奥へ進むグリフォスに反し、フィオはためらいを覚える。なんとなく拒まれているような気がした。

 そうだ、団長はここに神が祀られていると言ってたよね?


「あの、グリフォス団長。私が入ってもいいんでしょうか。ここは神の聖域なのでは」

「そう。ここは神々が眠る、墓所だ」


 光束灯の青い光があたりを照らす。するとフィオの脇には、四角く細長い箱のようなものがいくつも並んでいた。これは石棺せっかんだ。

 シャルルがびくりと震え、あとずさった。しかし反対側にも石棺があり、しっぽがぶつかってしまう。シャルルはぶるぶると体を振る。首や肩を強めに払って、フィオは嫌な気を散らしてやった。


「棺はていねいに扱ってくれ。ここに眠るのは、代々この土地を治めてきた族長たち――つまり、私たちヒルトップ家の先祖なのだ」

「すみません。神とは先祖のことなのですね」

「ああ。族長になった者は死んだあと神となり、子孫たちを見守ると考えられていたようだ。この最奥には、初代族長のものと思われる棺が安直されている」


 ここへ、とグリフォスはフィオを手招く。シャルルに乗ったまま彼の横に並ぶと短い階段があり、その頂点にひとつの石棺が鎮座していた。他のものよりひと回り大きく、明らかに手厚く葬られている。


「これが初代族長チェイス様だ」

「チェイス!? 竜騎士の祖と言われているあの……! ヒルトップ家の方々が彼の子孫だったのですね!」


 ヒルトップが竜騎士の名門と言われていることに、フィオは納得した。

 最初にドラゴンを駆り、人々やドラゴンのいさかいを収めた人物が、チェイスという男性だと言われている。彼の元に有志たちが集まり結成されたのが、今日こんにちまで至る竜騎士団だ。

 そしてその竜騎士たちの訓練のひとつが、ドラゴンレースの起源である。

 グリフォスとランティスはいわば、チェイスから脈々と繋がる竜騎士の正統な後継者ということだ。

 レースライダーなら少なからずゆかりのある場所だが、フィオは首をひねる。


「ですがグリフォス団長、なぜこれを私に見せたかったのですか」

「……なにか感じることはないか?」

「え? ええと、ドラゴンレースの祖とも言える方にお会いできたのは、光栄に思いますが……」

「そうか。きみに見せたいものがもうひとつある。こちらが本命だ。グロリア、頼む」


 ますます困惑するフィオの横から、グロリアが飛び立つ。黄土色の体躯は、あっという間に十メートルほどの高さまで上がっていった。

 地下とは思えない広さにフィオはぽかんとする。すると、グロリアはなにかをカランと奏でた。音ともに白い光がパッと灯る。

 どうやら発光石の照明が取りつけてあるらしい。天井付近の明かりをグロリアは次々と点灯させていった。


「少し下がったほうが見やすい」


 言われるがまま、フィオはシャルルといっしょにあとずさる。グリフォスも足元の照明をつけて歩いた。

 上下の光は壁の中央を向いていて、縁が白く照らされる。


「あれ、なんか描かれてる? 白とピンクと……?」


 羽音が頭上を通り越していく。グロリアがフィオの後ろ、出入口のほうへ回りバチンッと重々しいものを操作した。

 その瞬間、固定型光束灯の光が一直線に壁を照らし出す。


「え……」

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